第19話 サプライズって言っとけば何でも美化してもらえそう

 俺と虹は、向かい合うような形で腰を落ち着ける。


「おー意外と綺麗だなー、この街も」

「ねー。普段は全然そんな感じしないけど、一応都内だもんね。やっぱり夜も近づくと、自然にライトアップされるものなんだよ」

「そうだな。ま、あっちの大都会に比べればまだまだしょぼいけどな」


 空に近づいていくにつれ、遠くの景色も見えるようになってくる。俺の指さした先には東京の、いや日本の中心地と呼ばれるような街々が広がっていた。

 その眩しいほどに燦然とした世界は、手を伸ばせば届くはずなのに、それでいて未だ俺には果てしなく遠い。


「……ね、龍羽」

「うん?」

 唐突に俺の名を呼んだ虹は、提げていたショルダーバッグを外すと、何やらごそごそやり始めた。

「はい、これ誕生日プレゼント」

 そう言うと綺麗にラッピングされた小包を手渡してきた。

「……え? 嘘? お前いつの間に買ったんだよ」

「さあ? いつだろうね~? ……それよりほら! せっかく買ったんだから開けてみてよ」

「あ、ああ。うん」


 そう促された俺は、包み紙を後ろから丁寧に剥がしていく。手のひらサイズの長方形をしたそれは、徐々にその姿を露わにしていった。

「これは……スマホケース?」

「正解~! 普段、龍羽ってばよくスマホいじってるでしょ? そしたらケースもカッコいい方が良いかと思って」

 見ればその一品は、ベースカラーの藍色の上に白で何やら英文が書かれたデザインをしている。


「『You can do it』って書いてあるでしょ? だから龍羽にぴったりかなって」

「なんでその文章が俺にマッチすると思ったんだよ……」

 いやまあ嫌いな言葉じゃないから良いけどさ。

 すると虹は一瞬の逡巡を見せたが、しかしすぐに悪戯っぽく笑う。


「何でって……普段無気力そうに生きてるから、頑張って何かしらに生きがいを見出してくれっていう願いを込めてだよ」

「何その理由、この文章嫌いになりそうなんですけど」

「あははっ! 冗談だよ、冗談。単純にデザインが気に入ったからそれを選んだだけ。なんかビビッと来たっていうかさ」


 なるほど。確かにシンプルなデザインではあるが、それでいて地味というわけでもない。ちょうどいい具合にかっこいい。

 虹のことだからきっと、俺の普段の服装があまりにも地味であることを憂いてこれを選んでくれたのだろう。上着とか靴とかはまだ無理だけど、スマホケースならワンポイントとして色味を持たせるのも、確かに良いかもしれない。


「どう? 気に入った?」

「ああ。めっちゃ気に入った。ありがとうな」

 そう伝えると、虹は満足げな笑みを浮かべる。

「……で? トイレに行ったときについでに買ってきてくれたってことでいいの?」

「ありゃ、ばれちゃった」

「ばれないわけないだろ……。いくら何でも俺の事バカにしすぎ」

「くそ~せっかくサプライズ大成功だと思ったのに~」

 虹がポコスカとわき腹を小突いてくる。


「昼過ぎぐらいに変な雑貨屋さんに行ったでしょ? あの時、あそこで見つけて『あ、これいいかも』って思って。他に何も見つからなかったらこれを買おうって決めてたの。あ~あ、驚かせようと思ってたのにな~」

 マジかよ。あの雑貨屋にこんなちゃんとした商品が売られていたなんて。そっちの方がよっぽどサプライズだよ。


「まあでも気に入ってくれたみたいだし、それなら別に良いんだけどね」

 そう言ってけろりと元の表情に戻る。

 外に目をやると、もうずいぶん視界が開けてきた。俺たちを乗せたゴンドラは、だいぶ高い所まで上ってきているらしい。

「……今日、楽しかった?」

 虹がぽつりとこぼした。

「ああ、もちろん。正直予想していたよりよっぽど心が躍った」

 もうね、心の中がマハラジャよ。うん。


「……そか。なら良かった」

 顔は窓の外を覗いたまま、虹は微笑む。その瞳に反射した夜景は揺らいでいた。

「……ねえ、龍羽」

 一呼吸おいて、彼女は続ける。


「わたしはね、もっとこの時間が続いてほしいって思ってた。今日一日、ずっと。隣で歩くあの距離とか、手を繋いだ時の温もりとか……。そういったものをずっとずっと感じていたいと思ったの。……思っちゃったの」


 そう言うと、ようやく虹はこちらを向いた。


「……ねえ、龍羽。わたしこのままじゃ嫌。ずっとずっと幼なじみのままじゃ嫌なの。もう一歩、もう一歩前に進みたい」

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