第18話 虹と虹色
「あ! ねえ龍羽! 観覧車だよ観覧車! すご~い! キラキラしてるよ、あれ!」
ピョンピョンとはしゃぐ虹の様子に、いつかの男の子の姿が重なる。
「帰る前に乗ってくか? あれ」
「え⁉ いいの⁉」
「まあ、別に減るもんじゃないし」
正直、俺も子供心が刺激されてちょっと興味出ちゃったしな。……というか減る観覧車って何だよ。新手のデスゲームか?
「やった――! じゃ、早く行こ行こ!」
ワンピースの裾を夕闇に煌めかせながら、虹が駆け出す。慌てて俺も後を追うが、虹は足が遅いのですぐに追いついてしまった。
「別に走る必要はないだろ」
「えー、だって早く乗りたいじゃん!」
子供か! ……子供か。
「……ほら、走るとまた迷子になるぞ」
俺は虹の左手をすっと掴む。
「……へ?」
虹は間抜けな声を漏らしたが、すぐにその顔に満開の笑顔を綻ばせてくれた。
「うふふ……龍羽のばかっ。自分から握ったくせにすごい照れてるじゃん」
「あーうるさいうるさい! それ以上変なこと言うと帰るからな!」
「はいはい。わかりましたよー」
へらへらと虹は頷く。やっぱこんなことしなきゃ良かったな……。
今日一日で何回も握ったはずの小さな左手は――冷えた夕風のせいでそう錯覚しているのか――今日一日でもっとも熱く感じた。
少し、いやかなり気恥ずかしい思いをしながら歩いていくと、観覧車が大きく見えるようになってきた。
乗り場は案外すぐ近くにあったようだ。この羞恥プレイももうすぐフィナーレを迎えられそうで嬉しい限りである。
「わ~すごいね。やっぱ間近で見ると思ったよりも大きい」
そんな事を呟いたきり、ちょこりと乗せた麦藁帽が落っこちてしまいそうなほど、虹は観覧車を見上げ続けていた。
「どうした? 乗らないのか?」
繋いだ手は、思わず取りこぼしてしまいそうなほどに震えている。この振動は俺が発するものなのか、はたまた虹によるものなのか。
「ん? あーもうちょっとだけ待って。心の準備するから」
そう言って虹は深呼吸を始める。あれ? お前って高所恐怖症だったっけ? いや、だとしたらそもそも乗りたいなんて言わないよな、普通。さてはお前……ドMか?
「……うん! 準備できた! よし乗ろう乗ろう!」
ぱっと通常モードに戻った虹は、再び乗り場に向かって歩き始める。
乗り場に掲げられた案内板によると、残念なことに高校生は大人に該当するらしい。くそっ。たかが数年の差で二倍の料金を払うことになるなんて……。大人になんてなりたくねえ。え? 何? 逆に大人になると何か得することでもあるの? マイナスしかないでしょ。そもそも「大」っていう漢字を分解すると「-」と「人」になるってことは、もう大人がマイナスしかないって証明されてるも同然なのでは? かーっ、古代中国からの人類の真実に迫ってしまったなー。
そんな風に俺がピーターパン症候群を無事発症していると、ゆっくりとゴンドラが近づいてきた。
誰かさんの心みたいにガラス張りになっているそれは、一見ヘタレそうに見えてどこか頼もしい感じもするから不思議だ。中身に行けば行くほどヘタレていく俺とは大違いだな。
扉が開かれたゴンドラに案内される。俺は繋いでいた手をパッと離し、虹に先に乗るよう促した。
「お閉めいたしまーす。ドアにお手を挟まれぬようお気を付けくださーい」
すぐ後に俺も続き、どこかやっつけ仕事感のある係員の指示に従う。
あっという間に密室空間になったゴンドラは、少しずつその高度を上げ始めた。
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