第17話 夜に迷う

 結局日が暮れても、俺のプレゼントは見つからずじまいだった。


 初夏といえども、さすがに日没後はほんのりと肌寒い。虹がトイレから戻ってくるのを待つ間、屋外に設置されたベンチに腰を落ち着かせていた俺は、今日という一日を振り返っていた。


 まあハーレム計画の観点から言えば、あまり実りの多い一日とは言えなかっただろう。信仰を生むために必要不可欠な虹の悩みは、その存在が垣間見えただけだし、おまけにその内容はあまり深刻なものではなさそうだ。


 いや、借金で首が回らないとかそういうド重いものでも困るんだけどさ。それでもある程度の重大性は伴っていなければならないわけだ。そうじゃないと信心が芽生えないからな。


「でもま……」


 精神的には栄養満点の一日だったな。飯を食う回数が異常に多かったのは気になるけど、美少女とデートできたわけだし。目的だった買い物は果たせなかったが、そんなことは些細なことだろう。


(今日という一日こそが人生最高の誕生日プレゼントだったのかもしれないな……)

 まるでずっと欲しかったレアキャラをガチャで引き当てた時のような、そんな満足感に終始身を浸しつつ、俺はそんなクサいことを考えてしまった。冷静になった瞬間恥ずかしさで消えたくなりそうな文句だが、案外これが自分の素直な気持ちのような気がするので、バックスペースを押すつもりはない。


 小さな子供を連れた家族連れが目の前を通っていく。母親と手を繋いだ男の子が虹色に光る観覧車を指さしながらはしゃいでいる。母親はダメよと言わんばかりの苦笑を浮かべているが、男の子が諦める様子はない。俺にもあんな頃、あったなぁ……。


 ふと腕時計に目を落とすと閉店時刻まではあと一時間を切っており、あの男の子の必死のアピールもうなずけた。俺たちもそろそろ帰らなきゃいけない頃合いだな。

 というか思い返せば、あいつがトイレに行くと言ってからかれこれ二十分近くが経過している。女の子だからいろいろあるのはわかるけど、俺も体が冷えてきたし早くしてくれないかな……。


 そう思って虹が向かっていった方向を見てみても、そこにそれらしき姿は見えない。何かまずいことに巻き込まれていないか心配になってきたぞ。謎の組織の取引とか見て、小さくされたりしてないだろうな……。


「ごめん! お待たせ!」

 すると、後ろから虹が走り寄ってきた。

「うわっ‼ ビックリした‼」


 トイレの方角とはまるで真逆の方からいきなり出てきたものだから、マジで心臓止まるかと思った。俺がもし超A級のスナイパーなら撃たれてたぞ、お前。

 動悸を抑えつつ虹を見れば、だいぶ急いできたのだろう。ショルダーバックの位置が乱れている。


「ごめんごめん! トイレ出た後迷っちゃって」

「迷うって言ったって一本道じゃねーかよ……」

 いや、でも虹のことだ。そういうこともあるかもしれない。小学校の頃は昼休みの度に校内迷子になっていたものだからな。複雑な道のみならず、一本道でも迷子になれるように進化したのだろう。


 ダーウィンが悲鳴をあげそうな結論に達した俺の憐みの視線を気にする様子もなく、虹は呼吸を落ち着けてから再び口を開く。

「いやーあはは……。ちょっと美味しそうなレストラン見つけちゃってつい、ね……」

「つい、じゃねーよ。お前食べ物に生活を支配されすぎだろ……」

「大丈夫! ラストオーダーの時間過ぎてたから何も頼んでないよ!」

「なぜそこで胸を張れるのかが分からない……」

 自身満々にサムアップをされても困る。


「んで? 一旦横道に逸れたから元の場所がわからなくなったと」

 虹はコクンと頷く。ったく、電話かけてくれりゃいいのに。

 まあ、今更そんなこと言ってもしょうがない。それに、虹と一緒にトイレの方まで行って入り口で待っていなかった俺も悪かったのだ。下手に責めたりしてデートの最後に空気感をぶち壊したりするのはやめよう。


「よし。じゃあそろそろ帰るか」

「うん……」

 頷いたわりに、虹はなんだか不服そうである。

「どうした? まだ何か食べたいのか?」

「ううん、違う。……いやそれも少しあるんだけどね」

 え、あるんだ。


 虹は俺の目を真っすぐに見つめる。

「いいの? 結局プレゼント買えなかったけど」

「え? ああ、なんだそんなことか」

「そんなことって……今日の一番の目的でしょ?」

 実は一番の目的はそれじゃないんですけどね。それはただの建前だから。

「良いんだよ。お前と二人で遊べただけでも、俺にとっちゃプレゼントみたいなもんなんだから」


 まあ、こう言っておけば虹も納得するだろ。

 そう思って彼女を見ると、嬉しいような切ないような、そんな表情を浮かべているのが気にかかった。

「ずるいよ、龍羽……わかってても素直に受け取らずにいられないよ、そんなの……」

 あ、もしかして適当こいてたのばれました? さーせん。本音を言うと、一応プレゼント欲しかったりします。できれば火鼠の皮衣でよろしく。

 そんなことを思いながらも、なんて答えれば正解なのかが分からず、俺は結局黙ってしまった。


「……龍羽のバカ」

 最後に小さく付け加えられた一言は、なぜか心の奥の方に針となって刺さった。


 いやなぜか、ではないな。その言葉がどうして痛かったのか、本当はたぶんわかっていたんだ。ずっと前から。


 だけど俺はその理由を直視できるほど強くはなくて、正直ではなくて。


「もう知らない?」

「……ふふっ……そっかわたしの方が迷子だったもんね。逆だね」

 優しげに笑う虹。あの五月な名前をした姉妹のネタが伝わったみたいで何よりだ。

 そう。いつだって迷子になるのはお前の方だよ。


 でも、いつもごまかすのは俺の方。本当に迷っているのもたぶん俺だ。

「ふふっ」

 虹はまだ笑っている。さっきのやり取りで、だいぶ機嫌を取り戻したらしい。


 なんてったって虹だからな。雨降りは少しで十分だ。

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