第16話 ゴリラ・クラッシャー

 パン屋を出た俺たちは、駅前のアウトレットに足を延ばしていた。

 買い物客であふれる現代の迷宮チックな建物を、かれこれ二時間ほど彷徨っている。


「あ! ねえ龍羽、靴は?」

 エネルギーを大量摂取したからか、妙にやる気に満ちている虹は、俺の右手をぐいぐいと引っ張っていく。


 先ほどからファッション系のお店を冷やかして回っているのだが、なにぶんモノクローゼットな俺のことなので、いまいち心が惹かれない。虹は楽しそうにしてくれているものの、率直に言って俺のプレゼント探しは難航していた。


「ほら、この青い靴とか龍羽のイメージにピッタリじゃん」

 シューズショップに足を踏み入れた俺たちは、展示されていた見本を手に取っていく。

「えーそうか? ちょっとこの色は派手すぎると思うけど……」

「龍羽は普段の格好が地味なんだから、足元くらいは明るい方がちょうど良いよ」

 虹が手にしていたのは、垢ぬけたサファイアのようなスカイブルーのスニーカー。それ自体はとても素敵なのだが、普段色味の少ないものばかりを着ているせいで、これを履いて街を闊歩するのはなかなかハードルが高いように思われた。


「やっぱ服飾系は厳しいって」

「うーん、そっか……。あ! じゃあ、あそこの雑貨屋さんとか覗いてみる?」

 スニーカーをディスプレイスタンドに戻した虹は、通路を挟んで向かい側の雑貨店を指さす。

「雑貨か。確かに、服とか靴とかよりは欲しいものがあるかも」

「じゃあ決まり! レッツゴー‼」

 まるでレッカー車のように、虹はまたもや俺の右手を引っ張っていく。繰り返されるこの暴走行為によって、既に三回ほど肩のあたりが嫌な音をたてていることは内緒だ。


 ポップでカラフルなショーウィンドウの前に来ると、ようやく虹は腕の力を緩めた。


「わ~~‼ かわいい~‼」

 虹は俺から手を離すと、そのショーウィンドウに走り寄っていく。

 何事かと思い俺も後ろから覗き込むと、そこにはボディーバランスの悪いペリカンのようなぬいぐるみがあった。

「ハシビロコウのぬいぐるみだ! やばいよ龍羽! 超欲しーい!」

「ハ、ハシビロコウ?」


 なんすか、それ。今話題のゆるキャラとかですか。全然見た目ゆるくないんですけど、そいつ。

「違うよ。ハシビロコウはアフリカに住んでる鳥さん。この嘴がチャーミングだと思わない? はぁ~かわいい~」

「……ごめん。わかってあげられないや」

 確かにパッと見可愛くなくもないが、無駄に鋭い眼光がそう思うのをとことん邪魔してくる。あれは何人か殺してる目だ。


 ぬいぐるみが大々的に飾られていることからもわかるように、どうやらこの雑貨屋は商品のバラエティが豊からしい。うん、ここなら欲しいものが見つかるかもしれないな。

「よし、じゃあ中に入ろうぜ」

 いつまでも入り口を塞ぎ続けるわけにもいかないので、俺は虹を促す。

「ハシビロコウがぁ……ハシビンがわたしを呼んでるのにぃ……」

 買ってもいないのに勝手に名前を付けないでください。あとネーミングセンスをどうにかしてくれ。シミ消し用の薬用クリームみたいになってるから。


 なんだかんだ言いつつも、案外素直に虹は入店した。

「おー……すげぇなこりゃ」

 いい意味でごちゃごちゃした感じの店内は、他の店と同様にお客さんで賑わっている。

店の中を少し歩いただけでも、大小さまざまな雑貨が目に飛び込んできて、妙なワクワク感を駆り立てた。


「これはどう? 『絶対に起きられる目覚まし時計』!」

 いつのまにやら商品を探し出してきた虹が、ジャーンという効果音と共に差し出したのは、一見普通のアナログ時計。

「え~っとなになに? ……一度アラームが鳴り始めたら最後、本体を壊さない限り永遠にアラームが鳴り止むことはありません……だって!」

 何その恐ろしい機械。使い捨て目覚まし時計とか初めて聞いたんですけど。というか、それが本当に必要なのは俺じゃなくてお前だ。却下。


「じゃあこれ! 『置き型芳香剤・焼肉の香り』!」

 需要が特殊過ぎる。却下で。

「ん~じゃあこっち! 『モノホン! 象牙ストラップ』!」

 本当に本物ならその百均プライスはおかしい。闇が深すぎる。却下。


「――ていうか、この店は変なものしか置いてないのかよ!」

 よく見れば、棚に並んでいるのはどれも怪しげなグッズばかりだ。「底なし湯呑」だの「ゴリラ・クラッシャー」だの「枕投げ用スコアボード」だの……。最初の〝自称永久機関内蔵目覚まし時計〟なんか、用途がわかるだけまだマシな部類だろう。なんだよ、ゴリラ・クラッシャーって。ちょっと気になるじゃん。


 虹はといえば、別の棚の方をじっと見ていたようだが、結局お気に召すものは無かったらしい。「ハシビン以外はダメだったね」なんて言っている。

 その後、もう少しだけ店の中をぐるぐるしては見たものの、まともな商品を見つけることはできず、十分もせずに外に出てしまった。


「変な店だったなあ……」

「ねー。ハシビンはかわいかったけど」

 まだ言ってんのか、それ。

「でも、面白かったから結果オーライかな。あそこがお客さんで賑わってたのも、たぶんそれが理由なんだろうね」

「かもな」


 確かにユニークな店ではあった。俺たちは今日初めて訪れたから面食らってしまったものの、また来た時にはこの店の本当の面白さに気づけるかもしれない。案外、第一印象ってあてにならなかったりするからな。

 というか、そんなことより問題は……。


 そう思って周りを見ると、問題の虹がくいくいと袖を引っ張っている。

「あのさ、龍羽」

 虹がニコニコしながら声をかけてきた。

「ん? 何だ?」

「さっきお茶するって約束したでしょ? そろそろ行かない?」

「あーそういえば言ったな、そんな事。ちょうど疲れてきたころだし、休憩がてらカフェにでも寄るか」

「やった――‼」


 喜びを露わにする虹を横目に、俺は少し別のことを考えていた。

 さて、どうやって虹の悩みに切り込んでいくか……。今日一日デートをしている最中も、頻繁に観察はしていたのだが、結局いつもニコニコ笑顔を崩さない。こいつもしや、人生において悩みなど無いのではなかろうか。


 それならそれで大いに結構な事なのだが、俺からすればハーレム計画が進行しなくなってしまうので困りものだ。

 一応パン屋で悩み、というか悲しげな表情を見たには見たが、あれはまた俺の求めているものとは違う気がするし……。チュートリアルに最適だ、とか思ったけど、意外にも攻略は難しそうだな。


「お前って本当、悩みとか無さそうで良いよな」

「ん? どうしたの、急に?」

 いっそのこと本人の口から何か引っ張り出してしまえと、遠回しに探りを入れてみる。

「いやだってお前、食べ物の話しとけば幸せそうだし」

「も~ひどいよ! 龍羽! それじゃまるでわたしが大食いキャラみたいじゃん!」

 え? 違うの? もしかして自覚無いの?


「わたしだってね、悩みが無い訳じゃないんだよ? 一応それなりに思春期真っただ中だしね」

 虹は不服そうな顔をする。

「でも――」

「でも?」

 珍しく一瞬の躊躇いを見せた後、何かを決したように虹は口を開く。


「この悩みは誰かに相談するようなものでもないし、ましてや龍羽になんか教えてあげられないよ」

「何だよそれ。俺には相談するに足るだけの信用が無いってか」

 心外だなー。僕は、君たち女の子を救うために頑張ろうとしているのに。ヤマシイキモチナンテナイノニ。

 すると虹は、アハハと笑って返す。

「当たり前でしょ? 人の心があってないような人間に、悩みなんか相談しても意味ないって」

 酷い言われようだ。


「まあ、それはさすがに冗談だけどね」

「俺はガラスのハートの持ち主なんだから発言には気をつけてくれ」

 俺の心はマジでアモルファス、アモルハートなのだ。


「……ま、わたしの予想が正しければ、今日中にその悩みは多少軽減されるはずなんだけどね」

「……? あ、もしかして何か食べたくてたまらないとかそういう感じ? じゃあ早くお店探さなきゃだな」

「違うってば! だからわたしを大食いキャラにするのはやめて‼」

 違うのか。

じゃあこいつの悩みって何なんだ? 誰かに相談するようなものじゃない悩みとは一体……?


 やせ細った俺の想像力をフルに回転させたが、当然わかるはずもなく。

俺にわかったのは虹が目の前にあるカフェに入りたがっているという、何の得にもならない事実だけだった。

「虹、ここが良いのか?」

「へ? なんで〝ここの店の特製ハニーハニーパンケーキ食べたいな〟って思ったのがわかったの⁉」

「そこまでは知らねえよ」

 お前その辺回ってた時から、ここガン見してただろ。むしろ気付かない方がおかしいって。


「あ! これ数量限定って書いてある! 急がないとなくなっちゃう!」

 そう言って、虹は俺の右手をぐいと引っ張っていく。今日だけでこの肩の痛みを何度経験したことか。条件反射で、こいつが食べ物を見つけると途端に肩が悲鳴を上げ始める。被害届だしたら受理されるのかな、これ。


 まあいい。目の前の限定メニューとは違って、別に虹を落とすことに関して焦る必要はないのだ。毎日顔を合わせるわけだし家だって隣だし。これから先もチャンスはすぐに巡ってくるだろう。


 もしかしたらこれは、それこそパンケーキのように甘い考えなのかもしれない。けど、急いては事を仕損じるというものだ。

 ほんの少し雲の垂れこめ始めた空を背に。俺はそんな言い訳めいた気持ちを抱きながら、カフェに足を踏み入れた。

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