第15話 クロワッサンは飲み物です

「……さ、食べよ食べよ! せっかくの焼きたてパンなんだから温かいうちに食べちゃわないと!」


 重苦しい空気感を一瞬で吹き飛ばすようにテンションを上げた虹は、いただきま~す、と手を合わせたかと思うと、瞬く間にもしょもしょし始めた。

 俺もそれにならって、クロワッサンに手を伸ばす。


「ん~~~~‼ 幸せ~~~~‼」

「お、美味いなこれ!」

 俺も虹も感想を素直にポロリしていく。じゃじゃまるではない。


「この自然な甘みは……ハチミツかな? んでほのかに香る酸味はきっとヨーグルトを混ぜてるんだね。あと――」

「ストップ! ストップ! そんな大声で隠し味予想をするな! そしてそれたぶんほとんど当たっちゃってるから! 凄いけどやめて! 出禁になる!」


 だってさっきの店員さんが、三度目のぎょっと目をしてこっちを見てるんだもん。それ以上やるとあの人デメキンになるぞ。


「いやでも、本当に美味いなこれ。自信持ってプッシュしているだけある」

 外はサクッと中はフワッと。噛む度にバターの濃厚な甘みが口の中に広がる。食感と味のコントラストが見事だ。

 その予想以上の美味しさに、俺も虹も夢中で食べ続ける。もう一個くらい買えば良かったかな。


「ねえ龍羽、もう何個か買って来ちゃダメかな?」

「…………え?」


 思わず返す言葉を失ってしまった。あれだけ買ったのにまだ追加するの?

 見ると、先ほどまで目の前に積まれていた黄金色の山はいつのまにか姿を消し、パン屑を口の周りに付けた虹が、不思議そうに小首を傾げている。なんで無くなっちゃったの? みたいな顔してますけど、それあなたが食べたんですからね。

 というか速すぎでしょ、食べるの。それもう物理的に不可能なレベルに到達してるから。


「……いや、もう止めといたらどうだ。この後もどこかでお茶するからさ……。それで我慢しよう? ね?」


 周りの人たちの視線が痛くてしょうがないんだ。そういうパフォーマンスは然るべき場所でやってくれ。大食いコンテストとか。

 お茶をするという俺の提案に、不承不承という顔をしながらも頷いてくれた虹は、オレンジ色の液体をストローで吸い上げ始めた。

 虹はジュースを一息で飲み干し、満足げに顔をほころばせる。


 美少女のこういう幸せそうな表情は眼福なんだけどな。さっきみたいな悲しげな顔は心を痛めやがるからたまったもんじゃない。むやみやたらに暗い表情をしてもらいたくないものだ。目の前いる誰かさんも、駅前にいた誰かさんも。


「ごちそうさまでした」


 俺もようやく一つ食べ終え、手を合わせる。

 クロワッサンの甘みが口の中に広がっているはずなのに、さっき一口すすったコーヒーの苦みが、どうしてもこびりついて離れない。


 それを洗い流すかのように、俺はお冷をグイッと呷った。

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