第14話 幼馴染と親友と
俺の視線の先にいたのは櫻井天音だ。
休日らしく普段よりも明るい格好をしているが、その表情はどこか暗く、彼女にしては珍しいことにため息さえついている。
誰かを待っているのだろうか。その視線は何度も腕時計に注がれ、その回数だけ表情からは笑顔が失われていくように見える。
「はい。お水持ってきたよ、龍羽。……どうしたの? 外なんか見つめて」
「あ、ああ。ありがと。いや、あそこに櫻井が……っておい!」
俺に質問をしたはずの虹はその答えを聞くことなく、またレジの方に走って行ってしまった。どうやらコーヒーとジュースを受け取るのを忘れていたらしい。
俺は再び先ほど櫻井がいた場所に目を向ける。するとそこには、見慣れない白の制服を着た女子高生の集団があった。
あれは、確か白椿女学院の……。このあたりでは一番の名門と呼ばれている超がつく程のお嬢様学校だが、そんな学校に通うような人たちがなぜ櫻井と話しているんだろうか?
「……あ、そういえばあいつも小学生の時はあそこに通ってたって言ってたな」
白椿女学院は小学校から大学までの一貫教育をしていることでも有名だ。きっと今櫻井と話しているのは、彼女が小学生の頃の知り合いか何かだろう。
櫻井は先ほどの暗い表情から打って変わって、いつもの素敵な笑顔でお嬢様達と話している。きっと、旧知の仲と会うのがよほど楽しみだったのだろう。先ほどまでの暗い表情は、待ち合わせの時間になっても彼女たちが来ないだとか、そんなことが理由に違いない。
すると、どこかへ向かう予定があるのか、彼女たちは駅とは逆の方に向かって歩いていく。
「……ん?」
しかし櫻井がくるりと向きを変えたその時、彼女の顔からは一瞬笑みが消えた。そのあまりに陰鬱な面持ちは、普段の快活さとはかけ離れ過ぎており、俺の心は違和感に支配されずにはいられなかった。
「お待たせ。はい、コーヒー」
「おお、ありがと」
レジから戻ってきた虹が、水滴の付いたグラスを手渡してくれる。そのままの流れで一口すする。
「また窓の外見てたの? 何? 美味しそうなお店でも見つけた?」
「お前の行動原理を俺にまで当てはめないでくれ……。そうじゃなくて、俺が外を見てたのはそこに櫻井がいたからで――」
そういって俺は先ほど櫻井がいた辺りを指さす。
「……ってあれ? さっきまでそこにいたんだけどな……」
しかし、俺が指を向けた先には既に櫻井の姿はなかった。白椿女学院の人たちと、もうどこかに行ってしまったのかもしれない。
「……ふーん。そっか……天音が……」
「ああ。なんか白椿のお嬢様方と一緒に……」
窓の外から虹に視線を戻した俺は、ようやく異変に気が付いた。あれ? おかしいな。普段の虹だったら櫻井の名前を聞いたら食いつきそうなものなのに。なぜか今、目の前の美少女は悲しげな表情をしている。
「どうした、虹? お腹でも痛いのか?」
「……ねえ、龍羽」
おどけてみせた俺とは対照的に、虹は顔を俯かせる。
「こんなのわたしのわがままでしかないって解ってるんだけどさ……。できれば、その……一応これデートなわけだし、あんまり他の女の子のことは見ててほしくないかなって……」
「あ、ごめん……」
これは迂闊だった。
例えそれが親友であっても、デート中に他の異性の名前を出すというのはマナー違反だ。自分が逆の立場だったらと考えれば、今の虹の気持ちがよくわかる。
それに今回の場合俺は数分もの間、デート相手に見向きもせず別の女子を見続けていた。相手が温和な虹でなかったら、店を飛び出されて、残りのパンを全て食べる羽目になっていてもおかしくなかっただろう。……まあ、相手が虹じゃなければそもそもこんなにパン買わないんですけど。
何はともあれ、これは虹に対してとても失礼なことをしてしまった。そのことに関して、真摯に謝らねばなるまい。
「悪かった、虹。以後気をつける」
すると虹はぶんぶんと手を振る。
「あ、いや! 何かわたしもごめん! せっかくの雰囲気を悪くしちゃって。さっきのはもう気にしないで!」
そう言っていつものにこにこ笑顔に戻ってくれたのだが、先ほどその顔に表れた感情を見てしまった手前、おいそれとその言葉を信じることはできないわけで。俺は今後一切デート中に他の女の子を凝視することなどないよう、心に誓うのだった。
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