第12話 食べログを超える女
虹は繋いだ手を嬉しそうに振りながら、俺の顔を覗き込む。
「それで? まずはどこに行くの?」
「え、ああそうだな……」
しまった。結局どこに行くか全く考えてなかった。無計画なデートは嫌われる原因だって、ネット先生も言ってたのに……。
「あ~じゃあ……、とりあえず駅の方に行くか。あの辺りに行けば大概のものは売ってるだろ」
「うん! わかった! じゃあ……レッツゴー‼」
そう楽しげにはしゃいで、虹は空いている右手をデート日和な真っ青な空に突き出す。
どうやら俺の苦し紛れの提案にも不満は無いらしい。単純な奴で良かった。
行き先も決まったことだし、当然俺たちはその方向に足を向けた。虹はいつにも増してテンションが上がっているのか、スキップ気味に俺の手を引っ張っていく。リズミカルに揺れるワンピースの裾が眩しい。
隣を歩く俺としては転んだりしないか心配でしょうがないのだが……楽しんでくれているなら、まあいいか。とりあえず足元にだけでも気を配っておこう。
すると、俺の半歩先をずんずんと進んでいた虹が唐突に振り返った。
「そういえば……わたしまだ朝ご飯食べてないんだよね。だからあっちに着いたら、まず何か食べない?」
「朝ご飯って……もう時間帯的には昼飯に分類されるぐらいだぞ……。まあいいけどさ」
俺もちょうど小腹が空いてきた頃合いだしな。ブランチってことで何か腹に入れるのも悪くないだろう。
「やったー! じゃあ何食べる何食べる?」
「お前、俺のプレゼントを探すっていう本来の目的忘れてないよな……」
「ぷれぜんと……? あ、今日龍羽の誕生日じゃん! おめでとう~‼」
「……そりゃ、ありがとよ」
……お前、本当に忘れてないよな? 今日何をしに行くのか。
「そんなことよりさ、龍羽は何食べたいの? わたしはね~こないだ新しくできたパン屋さんが気になるかな~。クロワッサンが絶品なんだって! あ、あと先月天音と行ったイタリアンにもまた行きたいかも……。あそこのピザが本当に美味しくって…………」
始まってしまった……。虹の食欲全開モードが始まってしまった……!
こうなるともう手を付けられない。俺が聞いていようがいまいが、虹は延々と食べ物の話をし続けることになる。
そんだけ食べるのが好きなのに、よく太んないよな、お前。全ての栄養がその豊かな胸に注ぎ込まれているのかな? ……はい、シンプルにセクハラしました。ちょっと警察行って捕まってきます。
とまれこうまれ、こんな風に楽しそうにしてくれているのならこのデートも滑り出しは順調と言えよう。今日は下手に憎まれ口を叩いたりしないで、きちんと話を聞いておいてやるか。
そんなことを思いながら、虹のお勧めするレストランの店名を百個ほど聞いたところで駅に着いた。……何この人怖い。なんでそんなに駅前の飲食店巡ってるの? 日向虹の飯屋放浪記?
「……で? 結局どこで食べるんだ?」
長々と続く演説を右から左に流していた俺は虹に問いかける。
「え⁉ 龍羽聞いてなかったの⁉ だから~駅前にあるパン屋さんだってば~」
「お前さっきの話の中でパン屋の名前五十個くらいは挙げてたろ……。どのパン屋だよ」
というか冷静に考えてみるとパン屋ありすぎだろ。この街の奴らは小麦中毒かよ。
「どのって……あっ! ほらあそこあそこ! ちょうどあそこにある新しいお店だよ!」
痛い痛い痛い! 脱臼する脱臼する! なんで店を指さすとき繋いでる方の手を使っちゃうの? 腕持ってかれたと思ったわ!
「え? ああ、小洒落た感じのあの店?」
「そうそう! そこそこ! わ~楽しみ~!」
看板に「当店おススメ! 特製クロワッサン!」って書いてますけど……それ結局お前が一番最初に言ってたお店じゃないの? 残り九十九店舗の日向虹先生渾身のレビューは一体何のために……?
と、そんなことを思ったりもしたものの、俺とて別にパンを食べるのが嫌なわけではない。ここはデートの基本に忠実に、女の子が食べたいというものを食べるべきだろう。……まあ、虹の頑固さ的に考えれば俺の意志なんてそもそも関係ないんだろうけど。
「じゃあ、あそこで食べるか」
「やった~!」
高校生とは思えないほど無邪気にはしゃぐ虹であるが、その無邪気さのあまり「特製クロワッサンってどのへんが特製何だろう? 隠し味を当てるの楽しみだな~」などと何やら不穏な事を言い出している。
頼む、産業スパイは止めてくれ。お前たまに店員に答え合わせとかお願いしてるけど、あれ本当に悪い癖だからな。
そんな不安を多少感じつつ、横断歩道を渡った先にある目的のパン屋に辿りつく。
期待でいつも以上に胸が膨らんでいる虹を横目に、そのまま入り口の扉に手をかけた。
戸を引き、虹が先に入るように店内へ促す。ここぞとばかりに発揮するレディーファースト。溢れ出る紳士。どうもジェントルマン雨宮です。
虹が店に入ったのを確認し、俺も後を追うように足を踏み入れる。
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