第11話 密です
俺の家のインターホンが鳴ったのは、結局、あれから三時間ほど経ってからだった。
「やっと出かけられる……」
俺は待機場所だったリビングのテレビを消し、玄関に進む。
先程、自分で用意した朝食を食べ、白黒なクローゼットから引っ張り出した多少は色のある服に身を包んだ俺は、虹を起こすために隣の家に向かっていた。
チャイムを鳴らすと、平日ならば寝ている虹の代わりに虹のお母さんが応対してくれるのだが、今日は珍しいことにご本人が登場した。
プライベートな用事にも関わらず家族に手を焼かせるのが申し訳なかったのだろうか。寝ぼけ眼ながらも、頑張って起き上がったらしい。
しかし起きたとはいえ、彼女は寝起きのままの姿だ。早く出かけたい気持ちはあるが、虹も女の子だから色々と準備があるだろうし、何より寝間着のまま街に出るわけにはいかない。そんなことをしたら一発で職質されてしまう。
――という訳で今に至る。
虹の用意が整うまで俺は自宅待機することにしたのだ。準備ができ次第、今度は虹が俺を呼びに来るという約束をして。
その結果がこれだ。……もう昼に近いんですけど。俺の人生において貴重な時間が大幅に失われたから、今度はお前がアイス奢れよ。
俺を待ち受けていたかのような靴に足を突っ込み、つま先をとんと打ち付ける。どこかの誰かとは違い手早く準備を整えた俺は、ガチャリと玄関のドアを開けた。
「ごめんね、龍羽…………待った?」
その先に待ち受けていたのは申し訳なさそうに上目遣いを放つ、見たことも無いような美少女だった。
「いや~思ったよりも支度に手間取っちゃって……。やっぱりデートとなると適当な服を着るわけにもいかないじゃん?」
「それはそうかもしれないけど……お前その恰好どうした?」
涼しげな白のワンピースにサラリと羽織ったカーディガン。頭には小さな麦藁帽を乗せ、初夏の爽やかさを残しつつも夏の到来を感じさせる。小ぶりのショルダーバッグも、服装の可愛らしさにマッチしていた。
さらに、いつもとは違い薄くメイクもしているのか、肌や唇は血色が良くどこか色っぽい。
毎日顔を合わせているはずなのに、今日の虹は今までに見たことがないほど可愛かった。
「どうしたって……? え、もしかしてどっか変⁉」
「あ、いや! そうじゃないそうじゃない!」
俺の浅はかな発言を気にしてか、虹が自分の身体をぺたぺたと確認し始めた。そんなちょっと間の抜けた姿を見ると、目の前にいる美少女がまぎれもなく虹であることがわかり、なんとなくほっとする。夢じゃないんだな、これ。こんな可愛い子と一日中一緒とか神かよ。
違う違うそうじゃない。まずは先ほどの失言に対して弁明しなくては。
俺はにやける心を必死に抑え、次に言うべき言葉を探る。
これはれっきとしたデートだ。だとしたらまず、最初に相手の服装を褒めるのが常套手段。昨日インターネット先生に教えてもらったから間違いない。
オーケーオーケー。ここはしっかりクールにいこう。大人の男らしく、紳士的にレディーを褒めるのだ。
「どこかが変っていうわけじゃなくて……その……すげー可愛いと思う……」
――何恥ずかしがってんだ、俺は‼
何がクールだ! 紳士だ! そんなもん経験値がほぼゼロなお前にできるわけねーだろ! 身の丈に合わないことするからこうやって恥を晒すことになるんだ! 消えたい消えたい! クラムボンになってかぷかぷして消えたい!
支離滅裂な思考に身を浸しつつ、恐る恐る虹の様子をうかがう。もしキモがってたら死ねる。余裕で死ねる。
勇気を出して虹を見る。虹は一瞬キョトンとした表情を浮かべると、次の瞬間、その顔を笑顔に変えた。
「え、えへっ。そっか……可愛い、か~~。ふっふふふ」
俺と同様、虹も案外バグってた。えへって何だよ。
虹はにへらにへらと変な笑みを浮かべ、ほんのり赤くなった頬を両手で挟み込みながら首をふりふりしている。どうやら、俺の発言を嫌がってはいないらしい。
よし、仕切り直しだ。ここからはあくまで冷静に冷静に。しっかりとエスコートしなくては男としての名が廃る。
「……じゃあ、そろそろ行くか。早くしないと日も暮れちゃうしな」
「うん、行こ行こっ!」
俺が促すと、虹も変な笑いを収め普段の優しい表情を描く。
「じゃあ……はい!」
「……え?」
そう言って虹は左手を差し出してきた。……なんすか、これ?
「せっかくのデートなんだから手繋いでいこうよ。ほら、はい!」
もう一度左手を突きだす。
「え、いやそういうの恥ずかしいんですけど……」
「……嫌なの?」
上目遣いで尋ねてくる。誰ですか、そんな蠱惑的で危険な技教えたの。いくら何でもその瞳はファールだろ……。
「嫌っていうわけじゃないけど……」
高校生にもなって手繋いで街歩くのはなあ……。幼なじみとはいえ美少女と触れあえるのは純粋に嬉しいんだけどね……。
そんな悩ましい気持ちが表情に出ていたのだろうか。相変わらず頑固な俺の幼なじみは、俺の返事を待たず強引に右手を掴んできた。
「あ、おい!」
「わたしが繋ぐって決めたら、繋ぐの! ほら、早く行かないと日が暮れちゃうよ?」
そう言って虹は悪戯っぽく笑う。その顔もなんだかいつもよりも可愛く見えて……狂うな。完璧にペースを握られてしまったぞ、こりゃ。
しょうがない。こんな冴えないカピバラ男が美少女とデートが出来るっていうだけでも幸運な事なんだ。手を繋ぐ恥ずかしさくらいは、甘んじて受け入れよう。
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