第7話 脱皮祭
いつの間にか、終業のチャイムは鳴り響いていた。
一応、授業を受けていたような記憶はある。だが、寝てるんだか起きてるんだかわからない、あの中途半端な感覚を彷徨い続けていたからだろうか。あっという間に一日が終わってしまった。
いやー、歳を取ると時間が経つのが速く感じるというからなー。今日が誕生日の前日ともなれば、きっとそれが原因だろうなー。ジャネーの法則ってすごいなー。
そんな益体も無いことを考えつつ、机に突っ伏していた身体を起こす。おお、やはり放課後になると嘘のように身体が軽くなる!
「龍羽~帰ろう~」
虹が脇の方から俺に声をかけてきた。
「あー……ごめん。俺今日早く帰らないとだから、一人で帰るわ。ほら、虹は櫻井と一緒に帰るつもりだったんだろ? そうなると駅のほうまで行かなきゃだし」
そう言うと、虹の隣から櫻井が申し訳なさそうに顔を出す。
「ごめんなさい、雨宮君……。私のせいで……」
「ああいやっ、そういうつもりじゃなかったんだけど。むしろ俺の方こそわがまま言ってしまって申し訳ないくらいだよ」
櫻井は俺や虹とは違い、電車を使って登校している。その関係上、普段三人で帰る時は一度駅に寄ってから櫻井と別れ、そのあとに俺と虹が二人で帰ってくるというのがお決まりのルートなのだ。
「なんで今日は早く帰んなきゃいけないの? 普段は学校帰りにふらふら遊び回ってるのに。龍羽にしては珍しいんじゃない?」
「俺がまるで浮浪者かのような表現をしないでくれ。いいだろ、街中をふらつくぐらい。俺の数少ない趣味の一つなんだから」
今現在、俺のなかで趣味と呼べるものがあるとすれば、スマホゲームと街頭散策ぐらいのものだ。……何それ、そこはかとなく虚しいんですけど。虚無いんですけど。
そう思いつつ、俺は言葉を継ぐ。
「それに、俺だって別にそうしたくて早く帰るわけじゃない。今日はしょうがないんだよ、家族のルールだから」
そこまで言ってもまだ心当たりがないのか、虹と櫻井はともにキョトンと小首を傾げている。我が家のあるルール、というかしきたりに関しては以前にも話したことがあるはずなのだが……。
「ほら、アレだよ。アレ」
若年性アルツハイマーを疑われるレベルで俺が指示語を連呼しても、どうやらピンと来ないらしい。櫻井はともかく、虹、お前はもうわかってもおかしくないんですけど。
「はー……。本当はこの名前を口にするのも嫌なんだけどな……」
俺は覚悟を決め、口を開く。
「〝脱皮祭〟だよ、脱皮祭」
『あ~~!』
二人ともようやく合点がいったようだ。
「あれですね、あの雨宮君の家に代々伝わるという奇習!」
「うん、まあその通りなんだけどね? もうちょっとこう、表現の仕方とか工夫できません?」
オブラートをベリッベリにはがしていきましたね、あなた。
「そっかー。そういえば明日誕生日だもんね、龍羽。なるほど、脱皮祭か~」
あれ? 明日仮にも誕生日デートの約束してるはずなのに〝そういえば〟ってどういうことですかね。
まあツッコミたいことは他にもたくさんあるんだけど、なにぶん時間がない。
「とにかく、そういう事だから。今日は親も早く帰ってくるし、待たせるのも申し訳ないから俺はもう帰るわ」
「うん、わかった。じゃあまたね~」
「雨宮君、さようなら」
二人の別れの挨拶には品格の差がこれでもかというくらいに明瞭に表れていたが、それを指摘する暇もメンタルもあるわけがなく。
じゃ、とだけ短い別れの言葉を告げると、俺は教室の出口に向かった。……うん。別れの挨拶が一番下品なのは俺ですね、たぶん。
「脱皮祭、か……」
ほんと何なんだろう、うちのあの文化……。あんなことやってるのうち以外に聞いたことないぞ。
そう思いつつ、心なしかいつもより重いリュックサックを背負いなおす。
老朽化が酷いため、校舎内を走るのは厳禁だが、俺の帰りを待っている家族がいるのだ。今日だけは少し目をつむってもらおう。
「よし! この身体も今日で最後だ!」
そんな、傍から見たらわけのわからないことを呟きつつ。
俺はほんの少しだけ足を速めるのであった。
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