第5話 お嬢様美少女キャラを出しとけばラノベっぽくなるだろ

 翌日、相変わらず寝坊気味な虹を叩き起こし、いつものように急かしながら登校すると、時計の針は始業の五分前を指し示していた。


「ふぅ~何とか間に合ったぁ~」

「間に合った~、じゃねーよ! 何でお前っていうやつはこういつもいつも時間通りに起きてくるっていうことが出来ないんだ!」

「そんなこといったってしょうがないじゃない! 眠いんだから!」

「朝は誰だって眠いんだよ! 元気に早起きしてくるのなんて、カブトムシを捕りに行く時の哀〇翔くらいだわ‼」


 俺達は床がギシギシと音を立てるようなボロっちい教室の後方で朝も早よから騒がしくしているのだが、クラスの面々にとってはこれも既に見慣れた光景なのか、俺たちを不審がる様子はさらさらない。


 クラス替えからおよそ一か月しか経っていないわけだが、これが日常になりつつあるっていうのは大丈夫なのか。お前らにとっても俺らにとっても。

 そんなことを考えながら俺が虹と睨みあっていると、一人のクラスメイトが声をかけてきた。

「朝から元気に夫婦喧嘩とは……ふふっ、いつも楽しそうですね? お二人さんは」

 天からの恵みとしか思えない微笑みを見せながら俺の視界に表れたのは、学年一と称される美少女だった。

「ああ、櫻井か。おはよう」

「おはよう、雨宮君。それに虹も」


 犬も食わないようないざこざに割って入ってくれたのは、虹の親友、櫻井天音だ。

 櫻井はその長くサラリとした黒髪を一掻きすると、虹に向き直る。

「虹、昨日はごめんね。一緒に帰れなくて。ちょっと野暮用……というか色々あったものだから……」

「ううん。全然気にしてないから大丈夫だよ。それに天音は、前々から昨日は一緒に帰れないって言ってくれてたじゃん」

「それもそうね。あ、今日は一緒に帰れるから安心して」

 そう言って櫻井は極上の笑顔を浮かべる。


 さっきの俺と虹の諍いよりも、クラスメイトたちの視線が集まっているように感じるのはきっと気のせいではないだろう。いつの間にか櫻井の一挙手一投足には多くの熱い視線が注がれていた。

 さすがは学年一の美少女。伊達に普段から注目を浴びてない。

 雪のように白く澄んだ肌。端麗という言葉をそのまま体現したような美しい顔。加えて細身のウエストとバランスの良いふくらみを持つ胸。こう三拍子が揃ってしまえば、男子生徒から憧れの目を向けられないわけがない。


 ただ、一般的に考えると、そこまで完璧となれば今度は逆に女子達からのヘイトが集まりそうなものだ。


 女というのは怖いもので、彼女たちにとって出る杭を打つのは当然のこと。何なら出ていないとしても、その杭が気に入らなかったなら、一度引っ張り抜いてから思いっきり地面にぶちかますまである。

 実際、櫻井の驕らない性格が無ければ、そういう状況になっていても不思議はなかっただろう。


「はあ~。櫻井さんいつ見ても素敵ね~」

「ねえ~。あの黒髪、どんなお手入れしたらあそこまで綺麗になるんだろう」

「きっと絶え間ない努力をしてるのよ。そう考えると、嫉妬なんか通り過ぎて純粋に尊敬しちゃうわ」

 相変わらず談笑を続けている虹と櫻井を横目に、クラスメイトの声に耳を傾けてみるとそんな会話が聞こえてきた。


 今のやり取りからも察しがつくように、櫻井は同性からの人望も厚い。他の誰よりも美しい顔を持ちながら、お高く止まることが無く、常に謙虚な姿勢を忘れないのだ。

 加えて彼女は非常に努力家である。そのため、学業・運動・芸術、何をとっても人一倍優れているが、それが努力に裏打ちされたものであることを皆が知っているため、そのことで誰かに妬まれているなどという話も聞いたことがない。

 虹同様、俺にとっても大切な友人の一人であるがゆえ多少のバイアスがかかることは否めないが、控えめに言って彼女は完璧だった。


 ここまで来ると、彼女がいくら素晴らしい人格の持ち主だとしても、なぜ女子が彼女を殺しにかからないのか不思議に感じる人もいるだろう。もし俺が女子だったら櫻井に掴みかかって返り討ちに遭うところまで容易に想像できるのだが。

 まあ、その理由もきっとあと一分もしないで分かることになるはずだ。


「あ、授業が始まるわ。虹、そろそろ席に着きましょう」

 手首に付けられた質の良さそうな腕時計を確認しながら、櫻井は言った。

「うん。わかった」

 虹がそう答えるのを聞き、俺も廊下側の自分の席に足を向ける。


 するとその瞬間、薄っぺらいチャイムの音と共に一人の男子生徒が教室に飛び込んできた。

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