第4話 熱くて甘くて苦い
それにしてもやはり幼なじみというのは恐ろしいものだ。あの授業中――しかも俺が起きていた、たった十分かそこらの時間で――俺の変化を敏感に感じ取れるとは。これから先、俺のハーレム計画の障害になるかもしれん。
俺の宗教ハーレムプロジェクトは、その特性上、下心が露見すると一気に失敗に転がり込む恐れがある。あくまで純粋に、クリーンに。女の子たちが絶対的に俺に心酔するようになるまで、やましい気持ちは隠し通さなければならない。
しかし虹は、いわゆる天然系だ。ふわふわぽわぽわと、まるでたんぽぽの綿毛のように自由にしているし、その口から出る言葉は躊躇という名のフィルターを通ったためしがない。万が一、俺の計画の全容がバレるようなことがあれば、瞬く間にその情報は女子達の間を駆け巡ることになるだろう。
「龍羽が話したくないなら、無理に訊くのはやめるけどさ……。犯罪だけには手を染めないようにね」
虹は諦めたような表情を浮かべたが、最後に一つだけ釘を刺し残した。どんだけ信用無いんですかね、俺。
「それで? プレゼントは結局何が欲しいの? 龍羽が欲しいもの言ってくれないから、わたし毎年考えるの大変なんだよ」
「そんなこと言われても……。欲しいものなんてそうそう無いって、普通」
強いて言えば、今俺がお前に望んでいることは計画を邪魔しないことだけなのだが、そんなこと頼めるわけないしなあ……いや、待てよ。虹が最大の障壁になり得るのなら、まず最初にその壁を陥落させれば良いのではなかろうか。
「あ、じゃあさ。こういうのはどう?」
俺は虹に提案する。
「虹、俺の誕生日の日に何か予定あったりする?」
「ん? ああちょっと待って」
先ほどまでアイスを食べるのに使っていたスプーンをぺろぺろと舐めていた虹は、俺の質問を聞くと、女の子らしい装飾の施されたスマートフォンを操作し始めた。虹ちゃん? もうアイスはありませんよ。はしたないから止めなさい。
スプーンを咥えたまま、虹は画面を確認する。
「ん~と……。十日でしょ? 十日って何曜日だっけ……? あ、土曜日か」
自己完結しすぎじゃないですかね……。いやまあ気持ちはわかるけども。
「うん。大丈夫だよ。空いてる」
「おっ。じゃあ今年はさ、一緒にプレゼント買いに行かないか?」
「……ふぇ?」
「ふぇ? じゃなくて。ほら、店に繰り出したら欲しいもんも見つかるかもしれないし。一緒に買いに行った方が俺の欲しいものを確実に贈れるわけだから、虹としても気が楽だろ?」
なんて御託を並べてみたが、こんなのは言ってしまえば全部建前だ。本当の狙いは別の所にある。
それはつまりハーレム計画の手始めとして、日向虹を第一教徒にする、ということだ。南極で発見されたアダム君ではない。
虹はこれから先、このプロジェクトを(意図するかしないかはさておき)妨害する恐れがある。ならば逆に先手を打ち、虹自体をまず計画の輪の中に組み込んでしまえばいい。そういう寸法だ。
虹を落とすことのメリットはこれだけではない。
言うまでもなく、俺のアイデアはまだスタート地点に立ったばかりである。自分の口車、もとい救済術に自信がないわけではないが、必ずしも上手くいくという保証はない。
しかしその点、幼なじみである日向虹なら、失敗した際の被害を最小限に食い止めることが出来る。
例えば会話の中で、ハーレムを狙うあまり多少不自然な点があったとしても、そこは長年の付き合い。その気になれば、相手の疑惑を振り払うツボくらいは余裕で押せる。
それに、全く知らない女子とゼロベースから関係を構築するのとは異なり、今まで作りあげてきた土台がある以上、結びつきを発展させるのも比較的容易だ。
こう言ってはなんだが、虹はまさにチュートリアルに相応しい存在なのである。
俺がそんな悪魔的な未来展望に想いを馳せていた間、虹は一言も喋らずただひたすらにテーブルの隅の方を俯きがちに眺めていた。何? アイスの二杯目でも欲しいの?
「……虹? どうした?」
すると虹は、まるで先ほどまでここにいたアイスのように、頬をほんのりと桃色に染めながら、おずおずと尋ねてきた。
「……あ、あのさ、龍羽。それって、つまり……デートってこと?」
「あーまあデートの定義にもよるけど、男女二人で街を歩くことをデートと定義するなら、そういうことになるだろうな」
だとしたら、一緒に登下校しているいつものあの時間もデートってことになりかねないけどな。
「そっか……。龍羽もようやくその気に……」
虹はしみじみと感慨深げに頷いているが、何のことやら。とにかく、虹としても俺と一緒に買い物に行くことは嫌ではないらしい。
「じゃあ、そういうことで。土曜日の朝、適当な時間に起こしに行くから」
「うん! わかった! 楽しみにしてる」
いつものように、いやひょっとするといつも以上に。虹は温かい微笑みを浮かべた。
ああ、やっぱりこいつは名前負けしてないから良いよなあ。羨ましい。
俺はといえば、龍羽なんていう大層立派な名前を付けられてるのに、ガガンボくらいの飛翔感だ。圧倒的にアグレッシブさに欠ける。
それにひきかえ、虹の名のなんと体を表しまくることか。ころころと表情が豊かに変わるうえに、結局明るい顔で周囲を照らしてくれやがる。
「ふふふ~。龍羽とデート~」
何だかやけに楽しそうだな。いやまあ、喜んでくれるのは何よりなんだが。
「俺のプレゼントを選ぶためだからな? そこの所、忘れるなよ」
俺はそんな憎まれ口を叩きながら。
なぜか先ほどよりも甘い芳香が漂うようになったカップに口を付け、だいぶ温くなったコーヒーを一気に呷る。
その禍々しい液体は確かに甘みを伴っていたけれど。
同時に忘れられない苦さを、俺の中に残していった。
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