「火」「雨」

亜中洋

毎日投稿する短編

 コートに入るとき、いつも行うルーティーンが私にはあった。

 シューズの紐を結び、その履き心地を確かめるように靴底と体育館の床を擦り合わせて「キュッ」と鳴らす。

 そして、靴底から火花が飛び散るイメージ。

 私はそうして自らの心に火を引火させてから部活の練習に臨んでいた。


 準備運動をしていると漂ってくる煙草の臭い。

 体育館の裏で誰か不良生徒が吸っているのだろう。

 最近はこういったことに必要以上にイラだってしまう。

 自分とは無関係なことなのだから、いちいち気にする必要なんてないのに。

 このところ、自分の成長を実感することが出来ない焦りのせいだろうか。


 中学で三年続けたバドミントン。高校で入部した段階では同級生のなかで自分が一番手だと感じた。だが、一年経った今では、真ん中の少し上、レギュラー入りギリギリといったところだろう。


 練習を終え、帰路につこうとすると体育館の物陰に見慣れないモノが置いてあった。

 興味を引かれて近寄ってみる。それがなにか認識すると、自分の鼓動が早くなるのを感じた。

 それは煙草の箱だった。箱の上には100円ライターも置いてある。

 十中八九、先程の不良生徒が置き忘れていったものだろう。

 その「学校にあってはならないもの」を隠してしまわなければ、という心理が働いた私は煙草とライターをカバンに突っ込むと足速に校門を出た。


 それから何日か経って、同級生のAさんが謹慎処分になったと噂が流れてきた。

 話したことは無いが、彼女はバレーボール部で、一年生の頃は体育館で練習しているところをよく見た。

 そういえば二年になってからは彼女を体育館で見かけなくなっていた。

 その日の部活では、「週末には他校との練習試合がある、気合いを入れろ」と顧問に言われた。


 練習試合の相手は学力的に自分達のひとつ上にあたる高校だったので、私は内心かなり燃えていた。

 学力で負けているのにスポーツでも負けてはいられない。

 コートに入るときのルーティーンにも熱が入る。

 気合いは十分だったが、それとは裏腹に私は一勝もすることなく練習試合を終えた。


 学校で解散し、帰路につく。

 流石に今日のことは堪えた。

 自分の中の火が消えかかっていると感じた。

 まっすぐ家に帰る気になれなくて公園のブランコに腰を下ろす。

 いつからかカバンに入れっぱなしの煙草があった。

 別の道を選ぶことにも勇気は必要だった。

 何かを補うように、決意表明のようにそれに火をつけてみる。


 煙を吸い込もうとしたときに通り雨。

 煙草の火が消えた。

 心の火は燻っていたが消えてはいなかった。

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「火」「雨」 亜中洋 @anakayo

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