第17話 人を食らう木

夢解きの依頼が増え、時に待つ人の並びが長くなる日もある。

わたしの噂が勝手に歩き回り、夢解きが当たった!とか、願いが叶った!とか、お金が儲かったとか・・・。

わたしにはさっぱり思い当たる節がないのだが、ここに来る人が勝手に尾ひれをつけるので正直困る。

今日も一人のご婦人が

「竹風様に見ていただいた後、良縁が結ばれたとのうわさを聞いて・・・。」

と、自分の息子に良縁が来るか、夢解きをしてほしいとまくしたてる。

ならば本人を連れてきてほしいというわたしの言葉は少しも耳に入らないらしい。

夢の中で花の咲きほこる景色だったから、良縁では?とか、履き物が一つだけ裏返っていたから、死別でしょうか?など、なんでもかんでもこじつけたがる人種には辟易気味。

何でもかんでも意味の有る夢ばかりではない。

縁起担ぎやご利益主義での夢解きはお断りである。

始めに言っておくが・・・

誰でも思い当たる節は無いだろうか?

寝ている間に体の下にあった手が痺れてしまい、手が引きちぎられた夢を見たとか、重い布団が体に巻き付いて身動きが取れず、大蛇に飲み込まれる夢を見たとか・・・。

そう言う夢は体の症状現象である。

それを言っても、頑として聞かない方には何を言っても無駄。

並んでいる方々には申し訳ないが、そんな安っぽい占いなら、行く場所を間違えている。

辻占菓子で十分だ。

多くの人の諸事をこなしていると、だんだんと体が疲労感で重くなり、一日が終わるころには自分の身を削ってすることに抵抗したくもなる。


翌日は早々と看板の板(不在の印)を掲げ、わたしは心の平穏を保つために、久しぶりにお尚のもとを訪ねることにした。

「お尚はいらっしゃいますか?」

姿を探して本堂に向かうと、仏像の前に座するお尚の体からは金粉が霧のように舞いあがっていた。

深い深い叡智の世界へ行っているお尚の想念が、そのような神々しい世界をつくりあげているのであろう。

そっとその場を離れて、奥の座敷に案内されてしばし待つ。


しばらくして、いつもの深いしわの刻まれた微笑みの主がやってきた。

「お待たせてしまいましたかな?」

「いいえ。少し前にきました。」

わたしの顔を穏やかな表情で見るお尚の顔はいつもと変わらないが、その心の中は少し複雑だった。

「ちょっと・・・困ったことが起きましてな。竹風様にお話しした方がいいと思っておった矢先のことで。」

お尚が思うなら、間違いなくわたしの領域のことであろう。

「裏の地蔵のことはご存じですな。」

「はい。何か・・・ございましたか?」

和尚はため息交じりのひと呼吸のあと腕組みをして言った。

「このところ、赤い涙を流しましてな。」

この寺の裏手には悲しい因縁を背負った地蔵が、理由あってひっそりと安置されている。

眼が不吉な何かを予感させるというあの地蔵。

「ざわざわと胸騒ぎがするというのは、何度体験しても嫌なものですなぁ。」

白湯をしみじみとすすり、いよいよ本題への口火を切る。

「地蔵の眼と関係があるかどうかは、わかりませぬが・・・。

人伝えに、“人を食らう木”の話を聞きました。もうすでに7人の子供が食われているらしい。」

「うむ・・・どこの木ですか?」

「それがはっきりわかりませんので、困っております。噂のまた噂を小耳には挟みましてな。」

人を食らう木の話も気になるが、目下の案件は、地蔵の方であろう。赤い涙…とは、聞いただけでもただ事ではない。

お尚の苦悩とともに寺の裏の結界で守られている、小屋に安置されている地蔵のもとに来た。

あまりの状況に言葉を失う。

絶えず目から流れ出てくる血のような雫は、その量の多さ故か、地蔵の足もとに血だまりを作っていて、あたかも“血の池地獄”のようだった。

「これは・・・何とかせねばなりませんな。しかも早急に!」

溢れ出して流れ出ていく血の流れをみて、結界もこのままでは長く持ちそうにも無い危機感が加速した。


夢は人間に操れるものではない・・・といつもいっているように、意味の無い夢と、大いなる意図を含んだ夢とは、全くその重さが違う。

人が夢を見させられる・・・というならば、わたしは今夜、この謎の答えを得るために夢をみなくてはならないだろう。

それがどんなにおぞましく奇怪な夢でも。

わたしの強い決意がその扉を今宵開ける。


翌朝、隣のお清の悲鳴で目覚めた。

「ぎゃ~!!」

悲鳴をあげたいのは、わたしのほうだ。

悲鳴で目覚めるほど気分の悪いものはない。

お清は叫んだまま、夫を連れてきた。

二人でまたまた悲鳴をあげた。

「朝っぱらから・・・夫婦でやめてくれ。」

そういって半身を起そうとしたが、何かの力が邪魔して起き上がれない。

体が動かないのだ。

体が張り付いたように強張っている。

「お清・・・とにかく水を!たらいでも何でもいいから、水!」

そう言われたお清は一目散に水を汲みに行った。

お清の夫・辰(たつ)は、わたしをべっとりとした、そのどす黒いものからバリバリとひき剥がした。

その不気味な音に自分の目を疑う。

どす黒く乾いた海藻のようなものは、わたしに染み込んだおびただしいまでの血塊で、繭のなかに私を閉じ込めたようだった。

血と何かの粘液が絡み合っており、ドロドロしている部分もあれば、その血泥が固まったところは固く、バリバリと音を立てて壊しながらやっとの思いで辰がわたしを引きずり出した。

顔の周りは不気味に血で洗われたかのようで、一晩のうちにそれが乾いて張り付いている。

お清ならずも、夫の辰までもが絶叫したのは無理も無い。

何度も何度も水をかえながら血や塊を洗い流すが、生臭いような臭いと血泥が邪魔をして、その作業は想像を絶する。

何度も込み上げる不快感に、お清も辰もわたしまでもが必死に耐える。

しかし休んではいられない。

わたしは自分の役目をはっきりと夢の中で見た。



都から離れれば離れるほど、治安も悪くなる。

この時代・・・旅は命がけだ。

どこの村か判らないが、とにかくその村は都から北東(鬼門)の方角であるのは間違いない。

北東に向かおうとすると、ピリピリとした感覚が顔を攻撃してくるその確信を頼りに歩き出していくうち、近づくにつれて強くなってくる。

(呼ばれている・・・。)

という感覚が段々と強くなり、確信へと変わっていく。

ひたすら歩くこと半日・・・。

陽が傾きかけ、その村に行きついたときには薄っすら暮れていた。

村の小さな祠(ほこら)の前では、村の人々が成す術なくひたすら祈っていた。

泣き崩れる母だけでなく、村人全員が深い悲しみに覆われている。

村人に、その“人を食う木”の所まで案内を頼むと、誰もが嫌がった。

(仕方ない。)

大まかな道を教えられ、松明(たいまつ)をもらい、その“人を食う木”にたった一人でやってきた。

その樹令からして、この世が生まれた時にきっとこの木も生まれただろうというような大きな根が、大地から多くの水と養分を想像を絶する勢いで吸い上げていた。

ゴクゴク・・・ドクドク…というような、人が何かを飲むときに喉を鳴らす様な音をだして、この木は地中から何かを吸い上げている。

(この木は生きている。それも・・・ある意志のもとに。)

地中の水脈から水を吸い上げるならば問題はないが、この木は違う。この大樹の根が地獄界に通じているのがそもそもの原因だ。

わたしがその木に相対すると、敏感にその気配を感じた大樹は警戒心を抱き、木の裂け目からものすごい勢いの熱風を吹きかけてきた。

そして呻(うめ)く様な声がその奥から響く。

≪何しにきたぁ~!≫

受け答えは必要ない。(答えれば対等となり負ける)

「罪のない子供を食らう訳を聞こう。」

こっちの要望をまっすぐ伝える。

≪おまえには関係ない!邪魔するな!≫

「いいえ、今のように地獄から血をすすり上げれば満足でしょうに。なぜ子供を食らうのです?」

≪足らぬわ!地獄界はもう罪人で溢れ返り保てぬ。限界じゃ。ここ(地上)も地獄と変わりはない。されば、ここを地獄につなげれば、もっともっと罪人を食らえる。」

「地獄は地獄でここ(地上)とは違う世界です。そんな勝手な道理は通用しません。地獄界の長とて許すはずがないでしょう!」

地獄には神はいない・・・と思われるだろうが、それは正しくない。

地獄には、地獄を統率する長が鎮座しておられる。

あの世の世界は、天界しかり地獄界も完全なる封建社会。

≪地獄との道をつなげるために、生贄(いけにえ)に子供らを食ったのだ。≫

「子供らを罪にかぶせたか?」

≪さよう・・・。我の木の実は、奇数の歳の子らは食うてはならない。その掟を破った。自らの罪のため、地獄界へと飲み込んだのじゃ!≫

掟を破った・・・という子供の小罪を利用した、“地獄界拡張計画”は許されるのか?

「地獄界の長に、もの申す。」

この大樹は一つの抜け道にすぎず、下っ端では話にならない。

こうなったら地獄界の統率長に直談判と行くしかない。

大樹の幹の根元が裂け、大きな空間が広がると、そこは火炎の荒々しき世界が口を広げた。

その炎は渦を巻き、中心部分から地獄の統率長が現れた。

≪誰ぞ?≫ (今回も名乗らない)

「地獄界を統べる長に申し上げます。地獄界が手狭になったというのは誠でしょうか?」

≪うむ、間違いない。≫

「そうは言えど、地上界の人間は死して地獄へと参ります。生きながら地獄界へ落とされては懺悔さえもできません。地獄の閻魔大王様の裁きもなき地獄界への投下は、少々道理を外れてはおりませぬか?」

地獄界の長といえども仏心はある。

≪子らの罪は、大罪にあらず。しかし今や地獄界は、罪人で溢れ返っておるわ。あまりに地獄に来る人間が多すぎる。これは忌々(ゆゆ)しき事実。人間の住む世界に罪人が蔓延り、修羅の世界と化すればいつ地獄と繋がってもおかしくはない。地上も地獄と変わらぬではないか?≫

迫力ある閻魔大王の前で、ひるみそうになる。

「いくら地獄と変わらぬと言われようとも、地上には心清き者も、神に近き者もおります。それは、地獄界との大きな違いでございます。地上界は修行の場、修行の最中ゆえ、地獄に行くべき罪を償う機会もございましょう。まだまだ道中半の者に慈悲をお与えくださいませ。」

う~む…と考え込む姿の閻魔大王様とて、地蔵菩薩の化身。

≪はっはっは!そなたは賢き者よ。我の一番のツボを突いておる。

地上界で改心の機会を施すと約束せよ。約束を全うするならばこの道を断つとしよう。≫

「はい、わたくしは己の役目を全うすることをお約束いたします。人々に改心の機会を与え、徳の道を説いて参りましょう。」

ここで、地獄界の神とわたしの調印が無事に終わった。


夜が明け、辺りが白々とし始めたころ、わたしが無事に戻ったので村人は大層驚いた。

「子供らは・・・無事に生まれ戻ってくるでしょう。大人の役目は子供に人の道を教えること。今回の戒めを子らにもお話しください。」

そう、言い残して村を出た。


報告を兼ねて立ち寄った際、和尚は疲れ果てたわたしに深く同情した眼差しで言う。

「今回は大変なお役目でした。何しろ・・・あの閻魔大王と面と向ってお話になられたなどと言っても、誰が信じますでしょうか?」

「そうですね。まあ・・・誰にも言うつもりはありませんし、今度会うのはわたしが死んだときでしょうから・・・。」

わたしの感じた閻魔大王様は、罪人には厳しくも、それも情けであると感じるような心優しき存在。

「いやいや、竹風殿は地獄には参らぬでしょう。」

「さすれば、あの時はお世話になりました…と死後にご挨拶に伺うのも一興あるかもしれません。」

和尚とわたしは、にこやかに笑い合う。

「地獄界が罪人で溢れ返っているというのは、まだまだわたし達の修行や熱意がたりませんかな。」

和尚は懐の数珠を取り出して、静かに手を合わせた。

「閻魔様も嘆いておられました。」

「忌々しき問題ですな。」

「はい、忌々しき問題です。」


裏手に安置されている地蔵に新しく結界を張り直し、血の池地獄のような血だまりも綺麗に洗い流した。

地蔵はいつもと同じ憂いを含んだような遥かな目をしたまま、静かに眠っている。

(こういう穏やかな日こそ、そのありがたみを感謝せねば・・・。)

何事も無いのが当たり前でないことを今回は思い知り、静かに手を合わせた。


季節がめぐり・・・

地上の木々にも実りの季節が巡り、里ではたわわの実がなる。

“人を食らう木”には、見たことも無いような大きな木の実がなり、その実からは食われた子供が眠ったように生まれてきた・・・

らしい。



   地獄は胸先三寸にあり…竹風

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る