第14話 丑の刻参りの惨事

 ≪もうすぐ、死にそうな男がくるぞ。≫

和尚から預かった眷属の亀が来客を教えてくれるので助かる。

その言葉通りに、顔が青ざめて精気が無い男がやっとの思いで辿り着いて扉を開けるなり倒れ込んだ。

かろうじてこちらの世界にいるものの、あの世の住人になってもおかしくないほどのやつれ方の男。

「どうなされたのです?尋常ではないようにお見受けされますが・・・。」

体を半ば支えられながら、やつれた男は言う。

「はい…。もう…長くないよう…な…気がします。」

「しかし、ここに来たということは、何かの望みを持っていらしたのでしょう?」

「はい。妹を…残して死んで…しまうのは・・・。」

「妹さんのためにも、まずは事情をお聞きしましょうか。」

「はい、十日…ほど前…の‥…出来事…でした。」

その男は息を保ちながら話し始める。

「病気がちな妹の…薬に…なるようにと、山に…薬草を取りに行ったのです。…あれこれと…欲張った…おかげで道に迷い、…日も沈んでしまいました。…どこか身を寄せられる…ようなところで…一晩身を置くしかないと…思い、手ごろな岩陰を見つけて…うずくまっておりました。すると…ぼんやりと明りがみえました。…こんな山奥ですから、…狐か狸の仕業かもしれないし、ましてや人であろうはずもないと思い、怖くて…じっとしておりました。」

男はその時の様子を思い出したらしく、小刻みに震えながら、冷や汗までかいている。

「大丈夫ですか?水でも・・・。」

と、申し出ると男は水を飲み干し、一息ついてまた話に戻る。

「目を閉じていても…気配と言うのがわかり、灯りが段々と近づいてきて…私のそばを通り過ぎました。その者が…二本足で歩いている感じがしまして安堵し、…ひょっとして山師か行者かもしれない・・・と思い、少し離れて後をついて行くことにしました。」

「それで?」

「灯りを頼りに…後をつけると、やはり…荒れ果てた山寺がありました。ホッとしたのです、本当に・・・。

そして、見てしまったのです、その後をついていった者の正体を。」

「その正体は?」

「はい・・・・。白い着物姿の鬼でした。」

「鬼?」

「それ以来、わたしの夢に…鬼が……ものすごい…形相で出てきます。そして…“見たなぁ~、許さぬ~、見たなぁ~”と…言い続けるのです。もう…眠るどころではなくて・・・。」

男は息も切れ切れに、何とか話をしたものの、座っているのもやっとという様子だった。

こういう場合、応急処置でもしないことには夢解きどころか、解く前に死んでしまうかもしれない。

乗っ取られる・・・と言うような肌寒い感覚がしたので、結界を張ることにする。(自分を守るためでもある)

しかし、これは問題の解決ではなく、あくまで一時的な処置。

「何を見て鬼と思ったのです?暗闇だったのでしょう?」

「はい、暗闇で……何もみえませんでしたが、頭に…二本の角が…あったのは間違いない。それに…夢に…出てきたのが…鬼でしたので、その時…見たものはやはり……鬼だったと・・・。」

「貴方が山中の荒れ寺で見た鬼が、毎夜夢に出てきて見たな!と貴方を攻め立てているということですか・・・。」

「夢に出てきた…鬼の形相が…すさまじくて。……きっと姿を見た私を…許さないのでしょう。」

震える男に今日はここに泊まってもらい、男の夢の中に入り、直接対決し、真相を確かめるしかないだろう。

それほど事態は深刻。

「山中には様々なものが棲んできます。貴方の見たものは、二本脚で歩いていたと言っても、やはり人間ではなかったでしょうね。鬼の姿を見ただけなのに、なぜ許さぬというのか・・・確かめねばなりません。粗末なところですが、今日はここにお泊りください。貴方の身体も心配ですし、鬼に直接問いただしてみましょう。」

男はこくりと頷きながら、わたしと一緒ならば心強いと言い、溶けるように寝入った。


 その夜・・・

カーン、カーン、カーン・・・

甲高い音がわたしの頭の中で鳴り響く。

(何の音か?)

と暗闇の中で鳴り響く音に、神経を集中させた。

カーン、カーン、カーン・・・

大きく響くその音は、何かを打っている音。

しかし、その正体は姿を現そうとしない。

大概の悪霊や邪は自分の要求を叶えて欲しいがために、正体を明かしたり、要求を自分から明かすものだが・・・。

(何を打っている?)

問うてみたが答えない。

多分、答えたくないのだなと直感で理解する。

やがて蝋(ろう)の焦げる匂いがして、甲高い音も止み、わたしは確信した。

「助けてくれ~。」

懇願する弱り切った男が、二本の角の生えた黒い影の様なものに襲われている。

「お前の正体は分かったぞ!」

正体を知られたくない鬼に正体が分かったと言い放ったからには、鬼はくるりと向きを変えて、まさしく鬼の形相でわたしを睨んできた。

『何を言うか―!』

怒りに満ちたその声に、わたしはいたって冷静に言った。

「あなたは鬼でもなんでもありません。ただ、鬼のような形相の醜い人間です。」

「えっ?」

今にも倒れそうな男は驚く。

「これが鬼でない?」

「実は丑の刻参りをしていた人間ですよ。恨みに支配された、人間の魂を失った哀しい人間の成れの果てです。」

『小賢(こざか)しいわ!!我の何が分かる~。』

「誰にも見られず、この呪いの成就を願っていたところ、この男に姿を見られて願いが達せられず、二人の人間を呪うなど、もはや人間のすることではない。鬼となって地獄で苦しむがいいでしょう。」

『ほんに苦しむべきは、あの輩(やから)じゃ!この参りを邪魔されたことで、あの輩はのうのうと生き、我の願いも叶わず惨めではないかー!!』

怒りに満ちたその人鬼は、髪の毛を逆立たせた。

男から少しでも引き剥がし、注意を自分に向けることにする。

「そもそも、人の死を願うなど人道に背いております。その罪だけでも地獄の苦しみに等しい。更に縁のないこの男までも巻き込み、妨害した・・・と恨むとは言語道断です。二人の死を望むとは

どこまで我欲にまみれたのですか!」

『お前の口出すことではない!』

鬼は持ってる釘を尖った爪でぎりぎりと握りしめて、わたしににじり寄ってきた。

「貴女は自らの命を差し出す覚悟で、丑の刻参りをされたのでしょう。それも悲しく哀れなことですが、こうして無関係な人まで巻き込んで決まった事は、本来の願いとは違うはず。この無関係の男には、この世で徳を積んで償うしかないのです。そうしなければ、後悔の念で永い時間、あの世でも自分を呪う事になります。それより、今すぐこの呪いを解消し、違う形で貴女の生を全うしながら、すべての裁きを御仏に任せて、少しでも罪を軽くするのです。どうです?」

『われの無念はどうなる?』

悔しさに苛(さいな)まれた鬼は悲し気な声で言った。

「御仏に任せれば良いのです。違いますか?」

『任せたとてどうなる?神も仏も我を見捨てたわー!!』

「本当に見捨てたと思いですか?あなたの無念は仏の三千世界のいつかの世で満たされるでしょう。それは私たちが関与できる事ではない悠久の時の流れだかからこそ、神仏にお任せするしかないのです。呪いたいほど想った相手と、別の世で幸せになることもできるのですよ。」

太く錆びた釘が地面に落ちた。

「貴女の残りの人生を、この男と妹の病に活かしてください。貴女にできることがあるはずです。」

段々と黒い影が薄くなり、やがて男の前から消えた。

男は夢から目覚め、呆然とする表情のまま、わたしに聞いた。

「どうなったんでしょうか・・・。」

「貴方が見たものは、丑の刻参りという人を呪い殺すための呪術でその呪術の様子を垣間見た者にまで災難が及ぶという強力な呪いの作法なのです。ご自身の意図にそぐわず、あの場面をみてしまった不幸な出来事。あの鬼はある女の情念が、人を鬼のような恐ろしい姿に変えてしまっただけで、正真正銘の鬼ではありませんでした。人を恨む事はとても罪深い事ですので、その女の余生も長くはないかもしれません。しかし、残りの命を貴方と妹へ奉仕で償っていくということで少しは救われていくでしょう。わたしも貴方も、その哀れな女のことを許し、慈しみ、そしてやがて来る死に冥福を祈りながら生きていくしかないでしょうね。」

それから男は見違えるように生気を取り戻し、わたしの話を聞いた後、深々とお辞儀をして帰って行った。

≪今回は大業であったのぅ~。≫

眷属の亀が、珍しくわたしにねぎらいの言葉をかける。

「人の念とは恐ろしいものです。」

わたし自身、人間を生きながらいつも感じることである。

≪最後の“あなたの無念は仏の三千世界のいつかの世で満たされるでしょう。”と言った言葉じゃが・・・ちと気になってのう。≫

眷属の亀はわたしに言った。

「あれは、いつか御仏が恨みを晴らす・・・と言う意味ではなく、いつかの世で、許せる時(大赦)が訪れ、心に平和が来るということですよ。」

≪分かっているならばよい。わしは一休みする。≫」

そういって、ゆっくり土間の奥に隠れて行った。


 半月ほど経ったある日・・・

この男は妹をつれて元気な姿を見せた。

「いつぞやのお礼をお持ちしました。その節はお世話になりました。」

笑顔まで見せるその様子に、心から安堵をおぼえる。

「薬草のおかげで妹もすっかりよくなりました。」

「それは、ようございましたな。」

あれから良く効く薬草が軒先に届けられるようになり、妹は誰の仕業か知らず不思議がっているが、それを飲んで快気を取り戻しているという。

こういう恩返しも、ありがたいものである。



人を呪えば穴二つ 心に刻むべし・・・竹風

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