第12話 狐の嫁入り
以前に三の鼓の修理をした方からの紹介で、貴族の方の所蔵である古くなった楽器を見に来てほしいとの依頼をうけ、少しばかり遠くに来た。
蔵の中を色々と見て回っているうちに、帰路は随分と薄暗くなってしまった。
夕方の事を逢魔(おうまが)時(とき)というぐらいで、昼と夜が溶け合う時間は何とも言えない不思議な空気感がある。
この世とあの世の逢瀬というべきか・・・。
そんな茜と紫と濃紺の色が美しくも怪しさを盛り上げ、この先を行けば都という辻道で不思議なものを見た。
辻とは二つの道が交差する点であり、人と怪しの交点でもある。
薄暗くなっていく最中、ぼんやりと灯る青白い炎の一行がわたしの行く道の右方から辻へと近づいてきた。
ゆらゆらと列をなして歩くその灯りと、この先でぶつかりそうな気配がしたので草むらに隠れて様子を見守ることにする。
厄介なことには巻き込まれたくない。
(狐火か・・・。)
狐が口から吐く炎を狐火といい、その炎は不気味なほど青白い。
その青白い炎の行列がチロチロと揺れながら、ほとんど闇に支配された夜の街道を進んでいくところを見ると、どうやら俗に言う
“狐の嫁入り”のようだ。
俗に、晴れの日の雨をそう呼んだりするが、これは紛れもない本物の狐の嫁入り。
白い角隠し姿の花嫁は口元だけが少し見え隠れし、気のせいか
ふっと微笑んだ様な気がした。
赤い紅が最高に映える白い肌や、細くしなやかな指が袂(たもと)を少しばかりつまんで、ゆっくりと歩いていく。
いや、歩いているような速さで浮いて進んでいると言った方がいいだろう。
あの花嫁狐の嫁ぎ先も気になるところだが、わたしの少し先を行脚していく姿にじっとりと手に汗が握られていた。
「竹さん!最近、都で有名な器量よしの流れ者達を知ってるかい?」
街でそんな噂を聞くようになった今日この頃。
「あぁ、時々噂を聞くよ。」
「そこの一座にこの世のものとは思えないほどの器量よしがいるって噂だよ。」
楽器を結ぶためのひもを編みながら、興味がないという風情に、
お清はもの足りなかったのか、
「竹さんは興味もないのかい?一度でいいからお目にかかりたいもんだ!なんて、街の男たちが噂してるのにねぇ~。」
と、一生懸命わたしに吹聴する。
大体、“この世の者とは思えぬ美しさ”という言い回しは、最高の誉め言葉かもしれないが、ほとんどがこの世の者ではないと言っているのと同じ。
(人間でないものは無理!狐にかかれば、どんな器量よしにだって化けられる!)
わたしの今までの経験で言うと、大きな尻尾を自慢げに隠そうともしない狐はまだまだ新参者。
熟練してくれば尻尾だって隠せるし、尻尾がいくつも生える。
九尾を持つ古狐は最たる存在で、“大御所”と呼ぶのにふさわしく、化けるのも至極うまい。
狐が人間を狡猾に化かすだけならば、致し方無いところもあるが、
怪しの狐を操って、人間が狐と人間を騙すとしたら話は違う。
二重詐欺だ!
妖艶な美女狐が夜街で“かも”を探し、色仕掛けで男たちを骨抜きにし、金品を絞り取った後、病気にして謎の術師のもとへ連れて行き、病を治して最後には治療費までも搾り取る・・・という巧妙に作られた策略。
だから、あちこち流れ流れて丸儲けして行脚していくのだろう。
わたしが美しい女性に興味がないと知ったお清は、
「じゃあ竹さん、どんなや病も直すっていう噂の術師は知ってるかい?」
「まぁな。」
お清はまたけん制してくる。
「竹さんの仲間なのかい?」
「やめてくれ、滅相もない。あんな妖しい奴らと一緒にされては困る。お清さん、絶対かかわっちゃいけないよ。」
「私は行きやしないよ。でも、六条のお道さんの旦那さんが大きな腫を作ったらしくって・・・。」
「行ったのか?」
「行ってみようか?なんて言ってたのを聞いたから・・・。」
「やめるように言った方がいいよ。身のためだと言ってね。」
「そうなのかい?」
「ああ。腫ぐらいで命を落としたら大変だ!」(腫…はれもの)
わたしの言い方にゾッとしたらしくお清は急いで出ていった。
お清に一瞬でも“仲間”扱いされて不愉快になったが、一度くらいどんな奴らかを見に行くのも面白いかもしれない。
はっきり言って、わたしの“シマ”を荒らされたら困る。
その一座は神出鬼没で、いつ、どこに現れるか分からないというが、
わたしの場合、やたらに歩き回る無駄骨は必要ない。
こういう時は“普段使わない鼻”を効かせればよい。
普段は出歩かない夜の花街辺りを、鼻に任せてなんとなく歩いていると早速匂ってくる。
これは一種の動物的な嗅覚。
獣が餌を探すために歩く道は決まっていて、いつも同じ道を通ることから草が生えなくなり、一本の獣道(けものみち)となっていく。
その道を通る狐や狸、猪や鹿など、動物特有の匂いをつけながら歩くのに似ている。
言っておくが、これは動物の習性だから人間にはない。
依って、化け狐といえども、屯(たむろ)すればその匂いを自然に付けてしまうというわけだ。
(あぁ~、あった、あった!)
目に見えない獣臭の漂う獣道を歩いて行くうちに、怪しの者たちの棲み処(すみか)を見つけた。
橋のたもとの葦(あし)の根の辺りから出入りしている。
「おや、いい男だこと。」
近寄ってきたのは眼つきが妙に色っぽい女だが、尻尾が見事に揺れた妖狐。
「尻尾を隠せるようになったら、また会おう!」
わたしがそう言うと急いで尻尾を隠そうとするが、焦れば焦るほど尻尾は大きくなって、最後には自分が隠れてしまうほど大きくなった。
「あははは・・・・。もう一息!」
そう言うわたしに、恥ずかしそうに尻尾をブルンと振った。
たとえ尻尾をうまく隠せたとしても、その怪しい雰囲気はどうしても消せないだろう。
「あなたのような方が来るところではありませんよ。」
今度は落ち着いた声がわたしの後ろから聞こえ、振り返ると、
そこにはさっきとは別の天女のように美しい女が立っている。
(これじゃ、男に騙されるな!と言っても無理だろう・・・。)
正直、特殊な能力がなければわたしも自信はない。
「そちらこそ、都に足を踏み入れるならば、この世界の者なりの挨拶くらいあってもいいのでは?」
ふと漏らした微かな微笑みは、多分あの狐の嫁入りの際にみた花嫁狐であろう。
「いえいえ、挨拶するほどのものではございません。それに、長居は致しませんので・・・。」
「たとえ短い時間であろうと、筋は通すことです。こういうやり方は人間に無礼ですよ。」
「それはそれは狐の分際で生意気を致しました。しかし、あなた様を思えばこそ、あまり手荒いことはなさらない方が・・・。」
「それは脅しですか。まあとにかく、あなたの旦那様にお会いできますかな?」
この美しい天女のような妖狐は、声だけでなく、身のこなしや、独特の雰囲気までもが完璧に近い。
よほどの熟練者とわかる。
「そこまでおっしゃるのなら・・・。」
後をついて行くと、今や治療(?)の真っ最中だった。
怪しげな護摩焚きの匂いが立ち込めている。
「えいっ!たぁ~!!」
大袈裟に声を張り上げ、それらしい呪文のようなものを唱えて気合を入れると、筵(むしろ)に寝かされた男の腫はみるみる治っていく。
(とんだ猿芝居だな。)
と、あきれながら見ていると、
「ありがとうございますぅ~、治ってる、治ってる!」
狂喜乱舞した男は、大金を払って出て行った。
茶番をみて可笑しさにこらえきれず、咄嗟に口元を隠して笑うわたしに元締めの男は怒りを込めて言った。
「どんな嫌がらせをしにきたんです?」
修験者の様ないで立ちながら、頭には丑の刻参りの鉄輪をはめて、首には数本の数珠をかけている。
何もかもがちぐはぐで最高の茶番。
「いつまで、こんなことをするつもりです?
質問には、質問で返してやる。
「この辺でやめておけば、わたしも目をつぶるが・・・。」
目が吊り上がった男は図々しくも開き直り、
「色欲に目がくらんだ人間に、少しばかりのお灸をすえてやるのも、いい薬になるはずですがね。一方的にこちらばかりが悪いと言いがかりをつけるもの困りますね。そこらの祈祷師や陰陽師ぐらいなら、下手な事はしないで帰った方がいいでしょう。身のためです。」
「残念ながら、そこらの祈祷師や陰陽師ではないんでね・・・。」
この偽祈祷師が、ぬけぬけと図々しい事をいう。
「何なら、わたしが逆にたぶらかされた男たちに術返しをしてもいいんだが・・・。そうなったら妖狐は山に帰るとして、お前はどうするかな?」
この男は多少の霊力を持っただけの欲深い人間。
この男に上手いように使われて、儲けのほとんどを横取りされていると知ったら、妖狐の仕返しは凄まじいもでのある。
男は急に焦りはじめ
「もう十分稼いだことですし、そろそろ引き上げようと考えてはいたんです。明日には都を去りますんで、手出しは無用でお願いします。」
この男の元を去る時に、こっそりと僅(わず)かな霊力を封じたので、いつか妖狐に見放され、山の中にポツンと置き去りにでもされるだろう。
翌日の夕刻・・・
街道の道を、青い狐火がチロチロと列をつくって進んでいく。
どこか美しも哀しく妖艶な青白い炎がゆらゆらと揺れながら、山の中へと消えていった。
(大人しく従ったようだな・・・。)
一生に一度、出会えるかどうかわからない絶世の美女と一夜を共にしたあの男たちは、もう会えないかと思うと悔しがるに違いない。
そして、わたしの元に来る男たちが押し寄せ、お金を積んで、
“もう一度、あの絶世の美女と夢でもいいから会いたい!”
と懇願する姿を見なくて済むかと思うと、どこかホッとした。
誰だ?
わたしに金を積めば、見たい夢が見れる!と噂を流した人間は!
夢のような一夜とて、夢だからこその現(うつつ)かな・・・竹風
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