第11話 夢の使命
夢を扱うわたしにとっても、摩訶不思議なもの・・・
それは夢である。
夢の持つ深い意図、言い換えるなら【使命】があるとするならば、それらは慎重に読み解かねばならない。
【使命】は人の根源に繋がり、それは強い意志を持っている。
どう足掻いても抗えない。
本人が気付かず、受け入れず、抵抗すればするほど、これでもか!とい言うように、繰り返し…繰り返し…何度でも現れる。
本人の意識・無意識に関わらず、その大いなる意志に気づくよう、根気よく諭すことも夢解きの領分なのであろうか。
「いつも、いつも追いかけられるんです。」
今日ここに来た客は、若いのに似合わずどこか生気が乏しいとうか、活力を吸い取られているかのような倦怠感が漂っていた。
これはわたしの直感である。
「何にですか?」
「もう一人の自分に・・・。」
「ほう・・・。それが自分だとどうやってわかったのですか?」
「いつも必死で逃げているのですが、ある時、追い詰められて振り返ったら、追いかけているのが恐ろしい顔をした自分でした。驚きました、ものすごく怖くて・・・。」
「そうですか。」
そう言いながらも、この女から伝わってくるある種の独特な邪(よこしま)な気が飛んでくる。
(何なんだ、この沼のようなドロドロしたものは・・・)
話を続けながら正体を探るべく、手を尽くして見ることにしよう。
「恐ろしいものに追いかけられる・・・なんていうのは、寝ていても安まらないでしょうなぁ。例えば神仏にすがったりしたことは?」
苛立つかのように、そんな質問は生ぬるいとでも言いたげだ。
「もちろんありますよ。近くの神社にも毎日お参りしていますが
一向に良くはならなくて。神様も願いを聞いてくれないとなったら、どうしていいかわからず・・・。ですから、こうして竹風様に見てもらいたくて。」
(神仏もお手上げ?)
「なるほど・・・。」
「近くの神社とおっしゃいましたね?
「近くにある神社に、小さい頃からいつも。先月には姉の出産もあって、少し遠出をして噂の霊験あらたかな神社にも出向きましたが、さっぱり。」
「なるほど。それでご出産はいかがだったのですか?」
「無事に男の子が生まれました。」
「それで?」
「それで・・・って?」
「安産の祈願に詣で、無事に生まれたんですね。その後は?」
「だから、悪夢が治らなくて・・・どういう事でしょうか?」
物分かりは良い方だと思うが、言葉の端々が引っ掛かる。
野に咲く楚々とした花に触れたら、花の裏側に棘が生えていたよう
な残念な気分。
言葉を交わす度に気を逆なでされているようで、段々と萎えるような気がしてくる。
「・・・。」
押し黙っている間も気を吸い取られる感覚や、ドロドロとした沼の様な気の正体を見据えようとしていると、言葉がない事に気まずさを感じた女がせっかちに言った。
「つまりは、神様のお怒りなんでしょうか?」
「いいえ。神様は罰など与えない・・・と言うのがわたしの持論です。ただ、礼儀知らずを加護してくださるか?はわたしが関知するところではないですが。都合の悪い時だけ、馳せ参じて神仏に手を合わせるのでは身勝手だと思いました。くれぐれも申し上げますが、貴女の悪夢は神の仕業ではない事ははっきりと申し上げておきますよ。」
「では、何の因果で・・・。」
「貴女の悪夢を作っているのは貴女自身です。よって悪夢を止めるのは貴女しかいない。醜い顔で追ってくる理由は、醜い顔のもう一人の貴女が貴女自身に何かを訴えたくて・・・とか、何か助けを求めているということ。わたしが術や護符や夢解きで何とかできるとお思いならば、残念ですがお力になれませんし、施したところで無駄骨になるでしょう。」
「ではどうしたらいいのです?」
「自分に問いただしてみるといい。わたしが先ほど言った言葉の中に答えがあるはずです。」
自分の納得いかない夢解きで解決もせず、かえって謎めいたことを言われて腹を立てて、見料を床に乱暴に置いて出ていった。
≪やれやれ、あのような人間が多くてかなわん。いつもいつもご利益ばかり欲しがるくせに、お礼参りなど来た試しが無い!≫
土間の隙間から、ゆっくりと現れた亀は言う。
眷属として神の御業をそばで見る立場の存在が言うと、いたたまれなく、人間を代表して懺悔したい気分だ。
「貴方様はどう思われますか?」
神に近い眷属の亀はゆっくりと一回、瞬(まばた)きをしてから
≪生霊と化しておるわ。≫
と残念そうに言った。
「あぁ、そうでしたか。言葉の語尾に込められた刺々しさといい、生気を奪われる感覚、神に対しての敬意もなければ、取引主義の浅はかさ。生霊は厄介ですね。」
≪さよう。無意識に飛ばしている念の強さ故、一番苦しいのは本人じゃ。そこから抜け出るには根気がいるやもしれんな。生霊の飛ばし先の見当はついておるのじゃろう?≫
「ええ、まあ・・・。」
≪竹風、ここの気が乱れておるから清めておいてくれ。わしは少しばかり寝る。≫
そう言い終ると、亀は居心地の良いほんのり暗くて、適度に冷たい土間の隅の寝所に戻っていった。
夜空の星を眺めながら、ひんやりとした夜気を吸い込んで場を清め
(きっとこの女は、近いうちにまた来ることになるだろう。やれやれ)
嬉しくもない予感と、粘着質な生霊の絡みつく重い不快感は気が進まないものである。
十日ほど経ったある日・・・
≪また、あ奴(やつ)が来るわい!今のうちに退散するぞ≫
亀はそそくさと外にでようとする。
戸を開いて、外に出してやった。
長屋のお清が、すかさず亀をみつける。
「あー、その亀は竹さんが飼っているのかい。知らなかったよ。この前も水場にいたから、甲羅に冷たい水をかけてやったら喜んでたよ。可愛いもんだねー。愛嬌があってさ!」
≪お清さんといったな、気のいい人じゃ!≫
亀はわたしに一言だけ言って元気に歩いていった。
「生き物には親切にするもんだね。」
とわたしが言うとお清は亀を見送りながら、大きな大根を水で洗い始めた。
亀と入れ違いに、先日の生霊を飛ばす女がやってきた。
危機一髪、逃げた亀。
無言で、中へと案内する。
「竹風様・・・先日は申し訳ございませんでした。」
突然の謝罪に戸惑いながらも、今日の雰囲気が違うことに気づく。
「実は先日の夢解きの後、お礼参りに行ってまいりました。そしたら不意に夢の中のもう一人の自分に、話しかけてみようと思ったのです。恐ろしい形相であっても、もう一人の自分という事なら、見捨てはできません。そして、なぜ追い掛けるかと聞いたのです。」
黙って聞いているわたしは、続けるよう手で促した。
「なんとも悲しそうな表情で、私を置き去りにしないで…というのです。」
「置き去り・・・。」
「はい、私にもう一人の姉妹がいたとは聞いておりませんし、思い当たる節が無いのです。しかし、置き去りにしないで…の言葉の意味がどうにも分からなくて、こうしてまたお伺いしました。」
「うむ…なるほど。」
目を閉じて、意識を飛ばして夢の中の女の元へいく。
この前の恐ろしい形相の女は座り込んで泣いていた。
近づいて聞いてみると、やっと話せる…とばかりに話を始めた。
これは【口寄せ】という技法である。
「器量がよく、頭もよく、性格も温和で誰からも好かれる姉と自分はいつも比べられていた。優しい姉は私の自慢でもあったが、時にその優しさが疎ましくもあった。何をしても姉に勝てない。それでもそばに寄り添ってくれていたうちは、何かと頼りにしていたが、嫁いでしまったことで、私は比べられることも無くなり、もう誰にも見向きもされないのだと思うと、生きている意味すら分からない。姉は幸せな家族を作り、子どももいて順風満帆。私は抜け殻のように、中身も無い、外側はカラカラに乾いて醜い。そんな私はどこに行けばいいのか?・・・。」
わたしの口溢れてくる言葉をじっと聞きながら、目の前の女は涙を
こらえることができなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。貴女は私。ずっと心の奥に押し込めていたもう一人の私。」
この言葉を繰り返しながら、女は泣き崩れた。
涙をぬぐうよう優しく背中を摩(さす)り、
「貴女は何一つ、劣っていませんよ。比べる事ほど虚しく、意味の無い事はありません。貴女をこの世に誕生させたのは神であり、その御業の最高傑作の貴女自身を否定することは、神への冒涜。貴女は今のままで最高の人間。これから神社に参った時は、“私をこの世に生まれさせてくださりありがとうございます。”と感謝を伝えるといいでしょう。貴方が生きている意味は、自分で見つけていくことです。誰かの引き立て役と言う使命はありませんよ。もう貴女と恐ろしい形相の無意味な自分は一つになったし、無意味なところは何も無いと気づいたことで、追いかけてくるものは何もありません。よく気づかれました。よく自分を見失わず来ましたね。これからは、貴女が貴女の人生を全うしていくのです。」
女は顔を上げて、私をしっかりと見つめ、何度も何度も頭を下げて、帰って行った。
今回の生霊は、対象となる人に憑りついたり攻撃を仕掛けなかっただけ幸いかも知れない。
羨しい姉を妬みながらも、大好きな姉。姉の幸せを祈りながらも、不幸な自分をますます呪う・・・そんな矛盾に、身が裂けそうなおもいだったのだろう。
男女の情念や、三角関係のもつれの生霊となるともっと凄まじく、相手を滅ぼすまで追い詰める事象もあるのでご注意を。
無意識に人に念を飛ばす事や飛ばされる事は、なるべく控えたいものだ。
生霊の正体とて、もう一人の自分・・・竹風
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