第10話 思いがけない道連れ
わたしは自分のことは、自分で始末をつける覚悟で生きている。
だから、余計なものは限りなく避けているし、拾うつもりもない。
しかし、向こうから勝手にひっついてきた場合は例外だ。
この日も、久々に和尚に会いに行く。
というのも、呼ばれているのか?と思うほど、和尚が夢によく現れるからだ。
(用があるなら、折角来た夢の中で話してくれればいいものを・・・)
と思いながら、寺の石段を登ると和尚が
「夢で話せないこともありますのでな・・・。」
と、微笑みながら出迎えてくれた。
(ああ・・・してやられた!また心を読まれたか・・・。)
和尚は楽しんでいるかのように、微笑んだままだ。
しかし、本堂で和尚と向きあった時には、もうその微笑は無くなっていた。
「で、いかがされたのですか?」
「これが棲みついてしまいましてな・・・。」
袈裟のたもとから取り出したのは、亀だった。
「よくも、そのようなものをたもとに入れておけますなぁ。」
≪なんじゃ?こ奴は?≫
「今、しゃべったのは、ひょっとしてこの亀ですか?」
「さよう・・・。」
ちょこんと和尚の膝の上にのっかったまま、態度も口のきき方も横柄である。
(どうせ、どこかの陰陽師の式神か何かであろう?)
≪わしは式ではないぞ!≫
和尚と同じように、人の心を読む亀も手ごわそうだ。
「それは、失敬・・・。ところで、亀の事は置いておいて、どんなお話でしょうか?」
「他でもない・・・この亀のことなんじゃ。」
「はぁ・・・。」
「こ奴はどうやら龍神の使いらしくてな。色々とお喋りがすぎて、わしの手には負えない。竹風殿、どうかわしの代わりに預かってくれはせぬか?」
「何故です?」
「それは、竹風殿の他にはおられないからじゃ。」
「そんな理由では引き受けかねます。わたくしはいつでも身軽でいたいのです。
余計なもの・・・失礼、何かを巻き込みたくないのです。」
「龍神のお使いと申し上げました。それでは不足だと?」
「いや、眷属とあらばお祀りしなければなりませんが、わたくしも少なからずこの世界を説くものでございますから、今夜、事の真偽を確認させていただけますでしょうか?」
「それもそうですな。では、お返事をお待ちすると致しましょう。」
和尚がこの時、自分でも気付かないくらいのうすら笑いを浮かべたのを、わたしは察知できなかった。
「狭苦しいところでございますが、どうぞおくつろぎください。」
そう言うと自称、眷属だという亀は遠慮もなく、家中をみまわしてから土間の隅のほうにうずくまった。
しばらくしてから、閉じていた目を開けて
≪干し草などと言う、気の利いたものはないのか?≫
さっきと変らない横柄な口調で言った。
「申し訳ございません。亀を飼ったこともございませんので・・・。」
初めて対面した、わたしと龍神様の眷属だというこの亀は全く気の合わない者同士だった。
眷属でなければ、こんな風に話したりしない。
その夜・・・この亀の長い生い立ちの一部を夢で見た。
まわりの景色は赤々と燃えあがっていて、かなりの戦の激しいところのようだ。
一人の長(おさ)らしい勇ましい掛け声と、怒号の飛び交う血を血で洗うような惨状の中、自分の愛する家族や仲間を守るため、長である凛々しい男は必死に戦っていた。
守るために、あえて戦わなくてはならない時もある。
日本がまだ、小さな部落での単位で生活をしていたころの話だ。
幼いわが子を抱えて、片手で武器をふるう。
血を浴び、傷つき、精も根も尽き果てた男はもう限界だった。
気がつくと静かになった辺りには、仲間の無残な抜け殻が横たわり、自分が守りたかった家族も消えていた。
抱えていたはずのわが子の姿もなかった。
男は嗚咽をこらえながら、大地を叩き、あふれ出る涙がそのまま血の滲んだ大地にしみ込んで、やがてその涙は大きな池を作った。
地の底から滾々(こんこん)と湧き出すその池の水はその男の涙のように留まるところを知らない。
やがて、その大きな池には水の神の龍神が宿り、その男の深い悲しみをどうにかして鎮めようと思われた。
しかし、男は愛しい家族、わが子に会うまでは決して涙を枯らさないと言った。
龍神は、長だった男と家族との再会を果たすために、この池に棲みついた亀に万年の命を与え、その願いを叶えさせよと命じた・・・と言う訳だ。
この亀は、その村の長だった一番信頼できる男の霊脈を継ぎ、長と家族との一会のためだけに眷属となったのだった。
翌朝、目覚めると枕もとに亀がいて、
≪どうだ、わかったか?≫
と、老人のような顔でわたしに言った。
「一つ聞きたい。どうしてわたしなのだ?」
≪和尚はいい方だが、お年を召しておられるので、動き回るのには都合が悪い。
まあ、そなたなら身軽だし、何しろ怪しの者にも少しばかりは太刀打ちできそうだからだ。≫
「そうですか・・・。」
(要するに、和尚の代わりなんだな。)」
≪お前もまあまあ・・・筋はいい。≫
人間でない者に褒められ、励まされながら奇妙な共同生活が始まる。
まあ、手はかからないのは幸いだが、口うるさいのが気に障る。
夢解きの客が来た時は、わたしが夢を解きほぐす前に
≪ほっておけ、この男は少し懲らしめねばならない!≫
とか
≪この女は嘘をついている。≫
とか、わたしにしかわからない念のようなもので話しかけてくるので落ち着かないのだ。
眷属は神のお遣いなので敬意も払うが、これではあまりにも余りに俗世間の事に口を出しすぎだ。
奇妙な共同生活がこうして始まり、和尚に夢で見た一部始終を話し、これからわたしがやらねばならないことを報告に行く。
寺の石段の上で、和尚はいつものように微笑んでわたしを出迎える。
「今日は仲良く、ご一緒にいらして下さったのですか?」
わたしのちょっと不愉快な気分と、あきらめ気分を、楽しんでいる風な和尚が癪に障るが・・・。
「はい。」
いつぞやの和尚のように、わたしも自分のたもとに亀を入れて来たのだった。
「竹風殿、これからどのようになさるおつもりですか?」
「今は・・・どうしようもありません。しかし、意味があって集まった者同士ですから、必ずその役目を果たさねばならない時がくるでしょう。」
「そうでしょうな。わたしもできる限りのお力添えは致します。」
しおらしく言う和尚は、最初からそのつもりだったのであろう。
(もったいつけなくとも、単刀直入に申せばよいものを・・・)
≪単刀直入に言わぬが、和尚の頭の勝るところなのだ。わからぬか?≫
亀はいつも一言多く、分かっていることを改めて言うのが小憎い。
そういう思いで亀を睨むと、すっと首を引っ込ませた。
眷属でなければ、術でも呪符でも使って黙らせるところだ。
「さよう・・・。竹風殿は押しつけられるのが大の苦手でございますゆえ・・・。」
和尚はいつもの頬笑みでわたしに言った。
今日のわたしは、和尚と亀に子供扱いされているようで居心地が悪かった。
袖振り合うも多生の縁・・・竹風
★亀を眷属としてあがめている神社・・・松尾大社【京都市西京区嵐山】
比叡山に宿る山の神・おおやまくいのかみを祀る
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