第9話 辛い運命 <永遠の命>

とある日、自分の用事の帰り道のついでにお清の用事を済ませようと、いつもなら来ないような道を通った。

こういう小さな事だけでも、身構えてしまうのはわたしだけだろうか・・・?

きっと、それが緻密(ちみつ)に計算されたある意志に基づく必然であると、体の中の部分が敏感に感じ取るからこそであろう。

人によってはそれを“予感”と呼ぶかも知れない。

 偶然目にするような出来事も全てわたしの運命で、大いなる意志からすれば必然なのだろう。

逆らっても逃れられないなら逃げても無駄だし、無駄だと分かっているならしないのがわたしの主義。

その女は道端にうずくまり、手を合わせて何かを拝んでいるように見えた。

それが目にとまり、声をかけなくてはならない衝動に突き動かされる。

「何を拝んでいたのですか?」

背後の声に振り向いたその女は、半身振り返りながらわたしの目を見た。

その時に、もう既にわたしにはその女の光景がみえた。

「朝、私の住まいの前で小鳥が死んでいたのです。可哀想ですので、ここに弔ってやりました。」

「そうですか・・・。ここであなたに声をかけたのも何かのお導きでしょう。わたしも拝ませてもらいましょう。」

そういって、土がこんもりと盛られている祠(ほこら)に手を合わせた。

しかし、その女が今しがた拝んだ祠のほかにも、辺りにはたくさんの祠らしいものが点在している。

「ひょっとして、この辺りの物はすべて・・・ですか?」

咄嗟(とっさ)にわたしの言葉を奪うほどの数である。

「はい。なぜかそういう場面に出くわすことが多くて・・・。どうしたらいいものでしょうか・・・。」

わたしに問いかけているというよりは、独り言をつぶやいているに近い。

「あの・・・、わたくし生業で、”夢解き“をしております。ここでお会いしたのも何かのご縁ですから、よろしければ夢解きをさせていただけませんか?もちろん見料はいりませよ。」

自分から申し出た場合は、見料はとらない主義。

その女は、自分の度重なる偶然の答えがもらえるのではないか?というささやかな希望を持ってわたしの後についてきた。

長屋に戻ると、お清がわたしの姿をみつけ、

「竹さん、今日は悪かったね。坊ずの様子が思わしくないものだから・・・。」

「ああ、近くに用事もあったから。いつも世話になってるし、これぐらいのことなら構わないよ。」

お清は笑顔を向けたあと、後についてきた女をみて言った。

「客人かい?」

「ああ、道すがら拾ってきた。」

わたしの言い方が可笑しかったのか、お清は

「竹さんも人間だってことだね・・・。」

意味深な笑いを浮かべた。

この時はその言葉に何の意味も無いと思っていたが、実はこの言葉が深い意味を持つということに後で気づくことになる。

「さあ、どうぞ。」

「本来でしたら、見料をお取りになるのでございましょう?」

「まあ、そうですね。しかし、いいんです。今回はわたしの申し出ですので・・・。」

まさか“おもしろそうだから”という本音は言えない。

「夢解き・・・となると夢を見なくてはいけませんね。」

「夢というのは、別に昨日の夢などと限ったことではありません。今までに見た夢や印象に残った夢とかからでも、解くことはできます。そういった類の夢に心辺りは?」

「あまり、気にしたこともないのですが・・・。夢らしいものはあまり見たことがなくて。」

ここで断言しておくが、夢を見ない人間はいない。

「きっと覚えていないのでしょう。人が出てくるだけが夢ではありません。そうですねぇ~、浮かんでるとか、回ってるとか、温かいところだとか、そういう感触だけでも夢というのですよ。」

「でしたら私も思い当たります。季節は・・・そう春。温かいふわふわした中を浮かんだまま進んでいくのです。すると大きな光の前にたどり着いて、何かを手渡すのです。」

「それは何でしょう?」

「さあ・・・わかりません。形はあるようで無い、しかし何かを手渡すというか託すというか。それが終わると目覚めます。すると、出かけようと戸をあけると鳥が死んでいたり、蝶が死んでいたり、小さな動物や虫ばかりでなく、子供が亡くなっていたこともあります。」

「それはお辛い。死に目にばかり遭うというのも、辛いでしょう。」

「ええ・・・。」

「何か手立てがあればそれを教えて差し上げたいのですが・・・。わたしの言うことを聞いて頂けますか?」

「はい、もちろんでございます。」

「貴方は大切な役目を背負った方だということ、今は言えます。魂が清らかで慈悲深いからこそ、選ばれた方なのです。何かを手渡していた・・・というその何かは魂でしょう。死んだものが貴方にあの世への道案内を頼んでいるのです。あなたはそうした魂の案内人なのです。誰もがなれるわけでもないその運命を、覚悟して受け入れるしかないのです。」

「そんなことって・・・。」

「死というものは人間誰でも背負っています。生まれた瞬間からです。その短い一生を終え、あの世に帰る魂を間違いなくあの世の門番に手渡しているのです。その時、あなたならどんな人に寄り添ってほしいですか?」

「さあ・・・。考えも浮かびません。」

「わたしなら旅立つ不安な身を案じて“心配いりませんよ”と慈悲深い声で言われたら安心すると思います。そういう大きな存在に委ねられる安堵感たるや、素晴らしい存在ではありませんか?」

「そうですね・・・。」

その女は自分の運命を今ゆっくりとかみしめ、受け入れようとしていた。

「そこで、あなたにお伺いしたいのです。目の前で亡くなった者たちの葬(とむらい)ですが、わたくしの知り合いのお尚様に頼んでみましょう。いちいちあなたが祠を作っていたのでは大変でしょうし、祠を作った以上、供養も必要でしょう。亡くなったものの亡骸はそのお寺に御持ちになりますように。いかがですか?」

「はい、それはありがたいことでございます。」


その女と一緒に、あのお尚のもとを訪ねた。

「今日は客人をつれていらしたのか?」

深いしわの微笑みを浮かべ、お尚はすべてを引き受ける面持ちのまま深く礼をした。

今までのいきさつを話すとお尚は快く引き受けてくださり、毎月の晦日にそういう者たちの葬をあげるので足を運ぶように・・・と言葉を付け足した。

「さても、さても、このお方は素晴らしいお役目を背負われておりますな。しかし、これが永遠に続くのは・・・お気の毒に。私どもでできる限りのことはさせいただきます。」

「永遠といいますと・・・?」

わたしがあえて隠しておいたことをすんなり言ってしまうとは・・・。

そんな思いを抱えつつ、ここまできたら最後まで包み隠さず話すしかない。

「生きものがあなたにあの世までの道案内を頼んでいる、あなたはそういう運命だと申し上げました。ただあなたのもとにたどり着いた者たちが、残りわずかな命の火までもあなたに託すのです。ということはつまり、そのものたちの命をあなたは少なからず得ることになる。そう行為を繰り返すうちに、あなたは命を長らえて永遠の命を手に入れてしまったということです。」

「これが永遠に続くと?」

「はい。」

その時に初めてお清の言葉が蘇った。

(竹さんも人間ってことだね・・・。)

その意味が今、理解できた。

わたしは人間、しかしあの女は人間ではない・・・そういう意味だったのか。

その女は肩を落としながら帰って行ったが、お尚の優しい人柄に触れたことでいつかきっと自分の運命を受け入れるだろう・・・そんな予感がした。

誰もが永遠の命に憧れるが、それは人の死を永遠に看取るという、辛き永き修行かのか?


その夜・・・

「お清さんいるかい?」

戸口で声をかけると、お清がでてきた。

「今、やっと坊ずが寝付いたんだよ。何だい?」

「今日の私が拾ってきた女のことなんだが・・・。お清さんにはどう映ったんだい?」

「いや、人の形らしくは見えたんだけど、全体に光がまぶしくて顔までは見てない、というより見えなかったのよ。」

「そうかい・・・。」

「でも、なんか不思議な感じの人だったね。歩いていても地に足がついていない感じのふわ~っとした人だったよ。後ろ姿を見たんだけど、あっという間に姿が無くなっちまって。

竹さん、人間じゃないもの拾ってきたんじゃないか?って父ちゃんと話してたんだよ。」

「そうかもしれないな。」

笑って話すわたしに、お清は言った。

「何を連れ込もうと構わないけど、とばっちりはごめんだよ。」

「わかってるよ。おやすみ。」

お清も、なかなかの人物である。


永遠の命は幸福か否か・・・竹風

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