第6話 出会いという縁

今日、所用で出かけている最中にそれは起こったようだ。

文が投げ込まれている。

ここ長屋では戸締りなどはしないし、文などを嗜む者もいない。

表に板が吊っておらず、引き戸を開けてみれば留守だとわかる。

それを見計らっての仕業か?

(まだわたしに固執するのか・・・。)

そんなどんよりとした気持が一気にわたしを暗い世界に引きずりこむ。

  二日後・・・

あの文の暗示にかかったように、その場所へ行った。

行きたくないものの、行かねばならないという気持がわたしの体を無理矢理引きずっていく。

「来たな・・・。」

「来たくはなかった。」

「しかし・・・来た。」

「・・・。」

押し問答する気持ちは微塵も無い。

「持ってきたか?」

「ああ。これだ。」

懐から紙を取り出し、手渡す。

それと同時にずっしりと重い金の重さが手を支配した。

「では・・・。」

その人物が牛車に乗りこみ、中から咳払いが聞こえると、今まで見当たらなかった御供の者が3人がどこからともなく現れて慌ただしく立ち去った。

取り残されたわたしは魂が抜かれたように、その場にへたり込んでしまった。



「いかがなされた?お怪我でもなされましたか?」

声をかけられて気がつく。

自分の顔を覗き込む顔に焦点をあわせる。

「ああ・・・申し訳ありません。」

慌てて態勢を整えようとしたがふらつく。

「よければこちらへ・・・。」

段々と焦点が合うにつれ、袈裟のような装束の主に誘われるまま、大きな釈迦像の置かれている本堂の隅に横たわらせてもらった。

「何か温かいものでも・・・と言っても白湯ぐらいしかございませんが。」

「はぁ・・・ありがたい。」

「あなたのようなお方が一体どうされたのですか?」

「いや・・・何だか急に気分が悪くなりまして。」

丁稚坊主に白湯の事を伝えると、和尚はそのまま言葉をつぐんだ。

静かな本堂は線香の香に満ち、幾分ひんやりとした空気と見下ろす釈迦像の眼差しに、意識は現世を離れた。

丁稚坊主が白湯をっゆっくり運んできたので頂く。

「白湯を頂いたら気分がよくなりました。すっかりご迷惑をおかけして・・・。これで失礼いたします。」

まだフラフラとしながらも、その寺を後にした。

倒れこむように長屋にもどって眠り、深い所に落ちていく。


その夜・・・自分の体が二つに裂け、がりがりと気味の悪い音を立てながら屍(しかばね)をむさぼるムカデのような妖怪に下半身を食われた悪夢に捕まった。

昼過ぎまでその夢は続き、わたしはずっと骨をしゃぶられ続けた。

極度の脱力感と、疲労と、苦痛にさらされた体はボロボロだった。

かなり夢見が悪い。

やっとの思いで起き上がり、隣の長屋のお清(きよ)に言う。

「お清さん、しばらく留守にするからその間のことを頼むよ。3日程で戻るから。」

「竹(ちく)さん、どこか行くのかい?」

「ああ・・・ちょっと高雄までな。」

「あいよ!」

洗いものをしながら、お清は快く返事をした。

高雄山までの道は楽ではなかったが、それでもなお体は正直に反応する。

聖地に近づくにつれ、内側から力が泉のように湧いてきて何かが目覚めうずく。

(さすがだな・・・、この霊気は。)

何しに高雄まで来たか?

その答えは、自分の生気を満たしに来たのだ。

あの悪夢の元凶、わたしを呪縛するあの存在がわたしから生気を奪い取るからだ。

 あの時・・・私は逃げることしかできなかった。

逃げることは叶ったが、逆にその呪縛にがんじがらめになり、その陰におびえることになってしまった。

逃げたって逃げ切れないことはわかりきっているのに・・・。

しかし、対峙するのは今ではない。

それは私の中の確信がはっきりと物語る。

今は・・・その日のための守りを固めるべき時なのだ。

高雄は私の源だった。

木の枝の木の葉の一枚一枚から養分を得て、水のほとばしる音から癒しを得て、木立を抜ける風から生気を得る。

黒を打ち破るには三倍の白が必要なように、その莫大に途方も無い力を得るためにここに来た。

しかし・・・決して十分ではなかった。

逆に、自分の不完全さを知ったともいうべきか。

体中に生気をを満たして、約束通り三日後に長屋に戻った。

お清はいつもどおり、洗いものをしながら私に元気に声をかけた。

「竹さん、今戻ったのかい?お帰り。」

「突然済まなかったね。何か変わったことは?」

「いつもの通り夢解きのお客が来たけど、明日しか戻らないと言っておいたよ。」

「そうかい。ありがとう。あっ、これ。夕餉(ゆうげ)の足しにしてくれ。」

そう言って、川で取った魚を手渡した。

お清はこれを楽しみにしていると言っても過言でもないが、安心して留守を任せていけるので助かっている。

持ちつ、持たれつの心地よい関係が妙に心地いい。

戻ってから、以前世話をかけたお寺の和尚を訪ねた。

「いつぞやの・・・。」

和尚は眩しい物を見るかのような眼差しでわたしを見た。

前の時は気づかなかったが、顔の中に滲(にじ)み出るかのように慈悲が刻み込まれている。

「いつぞやはお世話になりました。お礼も申し上げぬまま失礼を・・・。」

「いやいや。お気にされますな。こうして尋ねてくださっただけでも有難い。」

「お尚様はこういものは、お好きでしょうか?」

酒の入った瓶子を差し出すと、途端に目じりが下がる。

言葉にするよりも明らかなはっきりとした返事であった。

「こういう贅沢なものは、ほんにお恵みとしか言いようがございませんな。」

笑顔の中に目が埋もれてしまうような和尚を見ていると、不思議と心が和んだ。

会ったとたんに意気投合するとか、ずっと友であったような感覚を覚えることはないだろうか?

わたしは今その感覚がわかった。

「あなた様とはもう一度会えると確信しておりました。」

「そうでしたか・・・。」

酌み交わす酒に心もほどけていく。

和尚の細い目の奥の眼光が一瞬、瞬(またた)いたかのように見えた。

「何か・・・大変なことを考えておられますな。違いますか?」

お尚様の歯に着せぬものの言い方に完敗だ。

「心眼が開いたお方には、もう隠す必要などありませんな。参りました。お尚様の眼にはどう映っているかわかりませんが・・・。」

「どうするにせよ・・・あなた様の人生ですから。」

「・・・・。」

これっきり会話は続かず、酒も尽きたことからわたしは大きな疑問を抱えたまま帰ることにした。

別れ際、この和尚は

「案じなされますな。また、近いうちにお会いできますでしょうから・・・。」

「では。」

どっぷりと陽が落ち、帳の落ちた道を戻る。

幸い今日は満月で、その明るい月光が頭の上から注いでいる。

他人の夢解きはするものの、自分の夢はどうにもならないものだ。

(笑えるな・・・自分のこともどうにかできないくせして。)

何もかも投げ捨てて逃げだしてきた自分が、今初めて心のよりどころを求めていたことに気づくとは・・・。

あのお尚の優しい、そして何もかもわかっているような眼差しが浮んできた。

(出会いも必然ということか・・・。)

長屋の上がりの隅に、お清の作った芋粥が差し入れてあった。

満月は煌々と輝き、竹風にこういった。

(人間もいいものじゃないか・・・。)


満月に晒された己の深き闇かな・・・竹風


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