第3話 三の女 <数字の意味するもの>
【三の女】 ≪数の意味するもの≫
わたしの噂はいったいどこまで広がってしまったのだろうか?
できれば、毎日を平穏に過ごしたいのだが・・・。
今日もうら若い娘がわたしのもとを訪ねてきた。
緊張しながらも、座ってすぐに紙に包んだ見料を払おうとする。
いただけるものは最初だろうが最後だろうが関係ないのだが、最初に払われる一種の圧力を感じるので心苦しい時もある。
夢がいつもいつも命にかかわるほど緊迫しているとは限らないし、時には知らない方がいいと言う事もあるからだ。
「あの・・・昨日の夜、夢を見たんです。とても不思議な夢で意味がわからないんです。」
「そうですか。ですからここに来たのでしょう?」
少し意地悪な言葉を投げると、恥ずかしそうに少し顔を赤らめてうつむく。
「はい。申し訳ありません。」
「いいのですよ。夢解きにはあなたの感じた気持ちや、印象がとても重要なんです。例えば同じものを夢で見ても、ある人には吉である人には凶ということもありますからね。わかりやすく言えば・・・そうですねぇ、ある人が海の夢を見たとします。広い海で泳いでいるとします。その人は清々しい気持ちだと思う。しかし、もう一人の人は泳げないので恐怖に感じる・・・。どうです?言っている意味わかりますか?」
「ええ・・・。」
「では、できるだけ詳しく夢の話をしてください。時々質問しますが、話しは進めてください。」
その娘はゆっくりと話を始めた。
「“三”という文字が浮かぶのです。突然に・・・。その後、お花畑にいたり、春のように暖かな日差しの中を散歩していたり。」
「春の野原の散歩は、さぞ気持ちいいでしょうね。」
微笑んでいうと、その娘は顔を赤らめた。
「お一人で?」
「・・・えぇ。」
そのちょっとした間が、真実を覆い隠そうとしたと分かった。
(何かを隠したな・・・。)
そういう直感が働く中で、その娘は話を続けた。
「でも散歩していると、三体のお地蔵さんの所に来るんです。その三番目のお地蔵さんは可哀想に首がなくて・・・。でも、なんだか気の毒に思っていつもそのお地蔵さんにお参りすると夢から覚めるのです。どういうことでしょうか?」
「心配には及びません。“三”という文字はあなたにとってとても重要な意味を持っています。今は大切な存在をあわらしているんでしょうね。お花畑を楽しく散歩しているあなたに言うことはありませんよ。一体だけお地蔵さんの首がなくても、それほど気になさらずに・・・。夢の中ですし。」
そういうと、ほっとしたような表情を浮かべるところなど、実に純粋で素直である。
「そうでしたか・・・。あぁ、よかった。ありがとうございます。」
娘はいそいそとはやる気持ちをおさえながらも、帰りの支度をしていた。
「相手の方にも、今日の報告をされるといい・・・。」
わたしの一言にその娘は驚きながらも、先ほどとは比べ物にならないほど赤面していった。
「何かもお見通しでしたのね。」
「夢解き屋ですから・・・。また、何かあったらいつでも。」
娘は戸口でお辞儀をし、見料を置いて帰って行った。
夢解きは、いつでも真実を伝えればいいというわけではない。
かえって、それが辛い時もある。
ましてやこういう純粋な娘が、いずれ捨てられる運命だということは口が裂けても言えない。
娘にはわたしからのささやかな警告を込めた言葉がどこまで理解できたかわからないが、それもすべて運命。
娘の想い人は三河屋の三代目・若旦那である。
娘は身分の違いを感じながらもその若旦那と隠れて会っていた。
その愛しい相手が三河屋の“三”という文字に象徴され、また三河屋の三代目という看板を背負っている責任の重さもその数字に重なる。
実際、今の二人は相思相愛でまさしく春のように楽しい蜜時なのだろう。
しかし、身分違いな恋愛は最後には悲劇を招く。
お地蔵さんの首が取れていたのは、まさしく警告で試練の前触れであった。
首のないお地蔵様を可哀想・・・と思った娘は傷ついた未来の自分を憐れんでいたとの夢解き。
夢はしばし、未来の自分の姿を投影することもある。
わたしにはそのすべてが見えた。
今、あの娘にそんなことを言ったところで聞き入れはしないし、今はお互いの気持ちが寄り添っている中での別れは到底無理。
ましてや好きな気持ちが人の言葉一つで簡単に諦められるほど、心は簡単にできてはいない。
そして、実ることばかりが恋ではなく、実らぬも恋。
それも全て運命だということだろう。
ならば二人でいい思い出をつくる時間があってもいいのではないか?
傷つくとわかっている恋が辛いか?
傷つく前に別れてしまう恋が辛いか?
顔を赤らめる娘の顔を思い出しながら、やがてやってくるだろう試練を今は見守るしかなかった。
嗚呼、人の世の世知辛さや・・・竹風
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