第17話

 翌日。

 いつも通りに登校すると、教室が何だかざわついていた。

 昨夜は補導されてはシャレにならないからと、一宮君側の詳細を聞くこともできずに退散してしまった。

 なので今日は必ずと思っていたが――

「……何事?」

 九重兄弟が席に着いている一宮君を囲っている。

 クラスメイトたち……特に女子は、九重兄弟が揃っていることに盛り上がっているようだった。

 私は一宮君の隣の席に座っている藤原君に尋ねた。

「よー、清原。遅かったな。今二人が一宮を尋問中」

 それは見ればわかるわよ。

「成り行きで、九重たちが回収した竹刀を一宮が欲しがったらしいんだ。それでこんなことになったんだとよ」

「一宮君は、竹刀がどういうものかわかっていたってこと?」

「いや……」

 藤原君は彼の背後に立つ男子生徒に目をやった。

 糸目すぎて前が見えているのかよくわからない彼は、阿部君。

 華奢で一見女の子のように見えなくもないけど、男の子である。

 この阿部君こそが、陰陽師なんて言われているクラスメイトだ。

「九重君から相談を受けて、家まで取りに行かせてもらったんだ。そこで一宮君に事情を聞かれて……」

 一宮君は九重君の家に居候している。

 嘘がつけなさそうな阿部君は話してしまったのね。

「ボクにはあの竹刀にどういう人の怨念がこもっているかわかる。なぜそうなってしまったのかも……全てを知ったとき、一宮君は竹刀に憑いているものを祓うのは待ってほしいと言ったんだ」

「どうして?」

「生徒会長から頼まれている仕事に役立つかもしれないからって……」

 私はふてくされている一宮君を見た。

 生徒会長ですって?

「嘘つきなやつめ。そう言って母も巻き込んだのか」

「嘘じゃないと言っているだろう」

 葵さんは嘘だと思っているようだ。

 確かに嘘くさいような気も……

「本当だって! 藤夜とうやのやつに月ノ坂の不良を一掃するよう命令されていたんだよ! 俺の趣味であんなことをしていたとでも思っているのか!?」

「思ってる」

 即答した葵さんの言葉に九重君も激しく頷く。

「なんてやつらだ! お前たちはご主人様が言ったことも信じられないのか!」

 大げさに叫ぶ一宮君。

「直接聞いたわけじゃないからな」

「藤夜様の名前を出せば、俺たちが許すとでも思うなよ、このバカ光!」

 九重兄弟に迫られ、一宮君は大きなため息をついた。

「坂に不良が出ようと俺にはどうだっていいことだ。慈善活動なんてする気はないからな。だが、藤夜がごちゃごちゃとうるさいから……」

「――うるさくて悪かったな」

 声が……背後でした。

 凛としたその声に、九重君が背筋を伸ばす。

 ザワザワしていた教室がいっそう騒がしくなる。

 女子たちの黄色い歓声も聞こえる。

「確かに不良共を片付けてみろとは言ったが、紫を使ってもいいとは一言も言ってないぞ」

 ――生徒会長のお出ましね。

 七瀬藤夜。

 月之高校の生徒会長。

 そして、七瀬グループという大企業の跡継ぎでもある。

 絵に描いたようなお金持ちで、絵に描いたような生徒会長……

 先生ですら彼に平伏してしまう、この学校で最も存在感のある人物だ。

 今の月之高校の実権は、彼が握っていると言っても過言ではない。

「ハッ! まるで紫を自分のもののように言うんだな! どうやら葵だけでは満足できないらしい」

「光!」

 九重君が一宮君を叱咤しようとするが、七瀬生徒会長は「いい」と、彼を制した。

「紫を利用したお前に言われる筋合いはないが……この月ノ坂の一件はまだ終わっていないぞ。完遂しろ。根源を絶たなければ意味がない」

 根源……

 不良が集まることに、何か理由があるっていうの……?

 ひょっとして、彼らの頂点には誰かが……

「行くぞ、葵。――それじゃあ紫、また放課後」

 生徒会長は颯爽と私たちの教室から出て行った。

「悪いな、お前ら。これからも紫を頼む」

 葵さんは私と藤原君にそう言い……ため息をつきながら、彼の後を追う。

「何なんだ! 全く! 藤夜のやつめ……! 一つだけ年が上だからって、偉そうに!」

 一宮君は子どもみたいに怒っている。

「やめろ、バカ光! いくらお前とて藤夜様の悪口は許さない!」

「ぐががが……!」

 九重君が一宮君の背後に回り、首を絞める。

「……一宮君って、生徒会長と親戚なのよね」

 そんな彼に私は言った。

「ん? ああ、そうさ。忌々しい七瀬の血が俺にも流れている。やつとは従兄弟だよ」

 そう。

 一宮君があの生徒会長にあんなにも生意気な口をきけるのは、二人が親戚だからだ。

「お前って……本当、残念だよな……」

 藤原君の言う通りだ。

「残念ってどういうことだ!? 失礼じゃないか! 俺の何を知っていると言うんだ!」

 今回のことで充分知り得ました。

「九重君……こんなことになってしまったけれど、引き続き貴方の取材をさせてもらってもいいかしら」

 ぎゃんぎゃんと言い合いを始めた二人は放っておいて、私は九重君に改めて取材のオファーをした。

 彼は、複雑そうな顔をした。

「……安心して。このことを書くつもりはないわ。中村さんだって黙っていると言っていたのに、私たちが記事にするわけにはいかないでしょう」

 きっと、九重君自身だけじゃない。

 葵さん、一宮君、中村さん、園田さんのためにも……このことは口外してはいけない。

 彼らの名誉に関わる。

 正直、九重兄弟以外の名誉なんてどうだっていいのだけれど。

 だって、彼らはある意味被害者だもの。

「……わかった」

 相変わらず気が乗らない様子だけど、ひとまずはOKしてくれた。

「九重君、これ……ボクが作ったお守り」

 さらにそこへ、心配そうに阿部君が神社なんかでよく売られていそうなお守りを手渡した。

「危険だと感じたときは絶対、迷わずこれを使ってね」

 九重君が抱えているもののことを言っているのだろう。

 九重君は「ありがとう」と神妙な面持ちで言い、しっかりとお守りを握った。

「清原! 駄目だ、こいつ! 頭いいくせに頭悪いよ!」

「何だと! 藤原……お前ってやつは大して仲良くもないくせに、よくそんなことが言えるな!」

 ……九重君の取材、上手くいくかしら……

 騒がしくなりそうなこれからに、私は何だか頭痛がしてきてため息をついたのだった。

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