第16話

 九重君はぎゅっと、竹刀を握りしめた。

「……俺は、この亡霊が自分で納得して成仏するまでつき合う」

 一瞬、ほんの一瞬だけど、一宮君が「マジか」という顔をしたのを私は見逃さなかった。

「……お前がそんな非現実的な決断をするとはな。少し驚いたよ」

「貴様こそよくも非現実的なことを俺にしてくれたな。ドン引きだ」

「……」

 九重君同意の上で行われたわけではないのはよくわかった。

「貴様の勝手な都合で利用しておきながら、不必要となればお払い箱か。あまりにも無責任すぎる」

 ごもっとな意見だ。

「貴様がどう言おうと俺が自分で決めたことだ。勝手にやる。それよりも……」

 九重君は、剣の先を中村千代子さんに向けた。

「貴女には失望した。中村千代子……剣道部員からも慕われている主将の貴女が、そんな男の言いなりか」

 そうね……

 中村さんのような女性が、幼なじみとはいえ、園田さんに付き合ってこんなことをする必要なんて全くなかったというのに。

「……あのね。紫君。君は私のこと、ちっともわかってない。私は君が思っているような立派な人間じゃないよ」

 美人で強くて、人望のある中村さん……

 誰から見たって立派な人だ。

 なのに、どうしてそんなことを言うのかしら……

「私は、この人のお願いなら何でも聞いちゃうの」

 そう言って、彼女は足元に転がっている園田さんをつま先で軽くつついた。

「良太は昔からそう。できないことでも後先考えずに突っ込んでいく。自信だけは人一倍あるんだ。結局最後はいつも、私に泣きついてくる」

 語る中村さんは楽しそうで……恋する乙女のような顔をしていた。

 いや、恋しているのだろう。

「今回のことも、園田さんに頼まれたから通り魔を演じたんですか?」

 私は尋ねた。

「うん、そうだよ。彼のお願いだもの。断る理由なんてない。良太が私を必要としてくれている。それだけで十分」

 意外な彼女を一面に少しおどろいてしまった。

 この人は……好きな人に犯罪の片棒を担いでほしいと言われても、きっと従うのだろう……

「でも……卑怯じゃんか!」

 藤原君がたまらず叫ぶ。

「中村さんはそれでいいのか!?」

 ……藤原君の言いたいことはわかる。

 好きな人が、正々堂々としていないのはいいのか、ということが言いたかったのだろう。

 園田さんのしたことは、確かに卑怯だし、格好悪い。

「私にとってそこは問題じゃない。卑怯でも良太は良太だもん。それに、私も一宮君の存在は邪魔だった」

 ……ここで一宮君の名前が出ようとは。

「良太は君に恥をかかされてから、ずっとやり返すことだけを考えていた。君のせいで良太は私への関心を失った。でも結果的に私に頼ってきたから、良かったんだけどね」

 一宮君に嫉妬していたなんて……

 彼女の世界は「園田良太」という一人の人間でできているってわけね。

「だけど、紫君が通り魔だなんて思いもしなかったよ。一宮君を陥れるどころか、私たちのほうが踊らされていたなんてね……しかも引き取ってもらった竹刀が原因だなんて」

 ……そうだ。その辺がまだ不明瞭だ。

 九重君は陰陽師がクラスメイトにいるからと、呪われた竹刀を剣道部から引き上げた。

 推察するに、その竹刀に取り憑かれた……のだろうけど、どうしてそんなことになってしまったのかがわからない。

「安心しなよ。君たちがしていることは誰にも言わないから」

「それはつまり、自分たちがしたことを見逃せという交換条件かな?」

 一宮君の意地悪な問いに、中村さんは何も言わなかった。

「もう一宮君に挑むのは辞めなって、良太には説得するつもり。それじゃ」

 中村さんは相変わらず起きない園田さんを引きずって、あっさりと帰ってしまった。


 園田さんはきっと、彼女はことを良き幼なじみくらいにしか思っていないのだろう。

 自分の想いをわかってもらえなくとも、彼女はずっと彼を愛し続ける。

 愛。

 聞こえはいいけれど、言い換えれば、それは執着心である。

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