第15話

 通り魔の標的が、一宮君になってしまった。

「ここまで導いてやったのは誰だと……まぁ、いい。貴女がその気なら受けて立とうじゃないか」

 通り魔に負けるつもりはないのか、一宮君の表情は好戦的だ。

 通り魔は竹刀をまるで真剣でも扱っているかのように一宮君に突き出す。

 それが剣道の動きじゃないのは、素人目に見てもわかる。

 そんなの構わずに一宮君はのらりくらりと攻撃をかわしていくて……

 一宮君……一体何者……?

「自業自得だな……」

 葵さんは二人の攻防を見てため息をついている。

「何を企んでいたのか知らんが……利用して見事に裏切られたな」

「……葵さんはどの段階で通り魔の正体に気がついたんですか」

 彼らがバトルを繰り広げている間……私は葵さんから事情聴取することにした。

「……確証があったわけではない。ただ何となく……」

 言葉を濁す葵さん。

 何だか言いたくなさそうな雰囲気を感じる。

「それに、色々とタイミングがよかっただろう。園田が満月である今日に勝負をふっかけてきたり……何かおかしいとは思っていた」

「……そう言えばそうだな!?」

 藤原君……

 ……はぁ。もう彼のことは放っておこう……

「何も隠さなくたっていいじゃないか、葵!」

 見事なアクロバティックを披露している一宮君の声が飛んできた。

「いつかは知られてしまうことだ。それが今というだけだろう?」

「……」

 葵さんは頭を抱えた。

「どういうことですか」

 私は葵さんに話すよう促した。

「……お前たちから通り魔の風貌を聞いたとき……まず思い浮かべたのは紫だった」

「えっ……?」

 困惑した表情の藤原君。

 私にもどういうことなのかさっぱりだ。

 今の通り魔に扮した九重君は……言わば女装している状態だというのに……

「着物を着た、黒くて長い髪の女……幼少期の紫の特徴と一緒なんだよ」

「え……えーと……」

 つまり、九重君は……?

「母の趣味で女の子のような格好をしばらくさせられていた」

「そ……そうだったんですか……」

 そりゃあ身内としては言いづらかったでしょうね……

 本人も知られたくなかっただろう。

 しかもお母さんの趣味……

「それだけじゃないだろう。お前たちはあの厳格なお母様から作法から武術まで色々と叩き込まれているじゃないか」

 葵さんは口を挟んでくる一宮君をにらみつける。

「弟さんなら、不良たちを撃退していてもおかしくないと思ったんですね」

「……そういうことだ。紫はどうやらバカ宮に利用されたようだ。だが……あの格好は……」

「もちろん、お母様の協力なしではこうはいかなかったな!」

 楽しそうな一宮君の声。

 どこからそんな余裕が出てくるんだろう。

 葵さんは大きなため息をついた。

「さすがに母が関わっているとは思わなかった……」

 厳格な……って言っていたものね……

 どうして一宮君に協力したのかしら。

「――清原さんの疑問点も解消できたようだし、そろそろ終わらせようか!」

 一宮君は振り下ろされた竹刀を上手いタイミングで蹴り飛ばした。

 宙を舞う竹刀。

 一宮君が手を伸ばしてキャッチしようとするが……

「……おやおや」

 九重君……ではなく、通り魔が高く飛び上がり、彼より先に竹刀を手にした。

 どういうわけか、嬉しそうな一宮君。

「元に戻ってしまったか」

 何ですって?

 私たちは通り魔の顔を見た。

 さっきまでのような虚ろな目じゃない。

 九重君の目だ。

 ――意識が戻ったのね!

「……利用するだけしておいて、あっさり切り捨てるのか」

「彼女は本来すでに成仏していなければならない存在だ。いい機会だとは思わないか?」

「最低だな」

 吐き捨てるように九重君は言ったが、一宮君はニコニコしている。

 むしろ、最低と言われてより嬉しそうだ。

「じゃあどうする? 彼女と共に生きていくのか? お前の兄はこんなことはやめろと言っているんだぞ?」

「……俺は……」

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