第13話

「準備はできている」

 意味深な台詞である。

「フハハハ! 見たか! 一宮光! 俺の推理通り、彼女が通り魔だ!」

 中村さんの登場により、不良たちから解放された園田さんが、高笑いをしながら私たちの所へ転がるようにやって来た。

 正直格好悪い。

「推理ねぇ……」

 一宮君は、猫みたいに目を細める。

「それより園田さん、いいんですか。彼女一人に不良の相手を任せて。いくら中村さんでもあの人数を相手にするのは大変じゃないですか?」

 得意気にしている園田さんに、私は言った。

「大丈夫だ! ああ見えて千代はかなりの手練れ……」

 はい、自滅した。

 恨めしそうに園田さんは、私をにらみつける。

 その様子を見て、一宮君はお腹を抱えて笑った。

「ありがとう、清原さん。俺の代わりに自白を誘導してくれて!」

 ……そういうつもりじゃなかったんだけれどね。

「というわけだ。俺を出し抜こうとしたようだが、貴方の負けだよ。園田さん」

 悔しそうに彼は歯をかみしめた。

「さぁ、お遊びは終わりだ。彼女を呼び戻したほうがいい。ここからは俺がタネ明かしをする番だからな」

 一宮君がそう言ったのと同時に、中村さんとバトル的なことを繰り広げていた不良たちの悲鳴が上がった。

 彼らは五人ほどいたのだが、そのうちの一人だけが、地面で伸びていた。

 ――中村さんがやったわけではないのは、不良たちと彼女が同じ方向を見つめていたことからわかった。

 彼らの視線の先。それは。

「赤い着物の女……!?」

「通り魔がもう一人!?」

 園田さんと藤原君がそれぞれ、驚きの声を発した。

 その、もう一人の通り魔と思しき人物は、ゆっくり……ゆっくり……と、中村さんと不良たちに近づいていく。

 格好そのものは中村さんと同じような姿だが、一つ違うのは目が虚ろだということだ。

 まるで夢の中を彷徨っているかのような足取り。

 異様な雰囲気を放っている。

 彼女が、本物の通り魔。

 だけど、何だろう。

虚ろだけど、あの目。

 私、どこかで――

 彼女は、手にしている竹刀でまず中村さんを襲った。

 私に武術的なことはちっともわからない。

 けど、その動きがとてつもなく速いことはわかった。

 中村さんはギリギリのところで、振り下ろされた竹刀をかわした。

 地面を転がり、体勢を立て直す。

 その間に、すでに通り魔は目の前に迫っていた。

 再び振り下ろされる竹刀。

 中村さんは自分の竹刀でその攻撃を受け止めた。

 中村さん……かなりの実力者のはずなのに、通り魔に圧倒されている。

 このままだと通り魔に負けてしまう。

「園田さん、いいのか? 幼なじみを助けなくて。いくら彼女が強くとも、あれには勝てんよ」

 一宮君の言葉に反応しない、園田さん。

 青ざめた顔で、二人の戦いを見つめている。

 一方、不良たちはここぞとばかりに倒れた仲間を背負い、この場から撤退しようとしていた。

 そんなものに気を止めている余裕など、誰にもなかった。

「……おい、いい加減にしろ。ここであの二人を戦わせる意味はないだろう。止めてこい」

 静かだった葵さんが、責め立てるような口調で一宮君をにらみつける。

「止める? 俺が?」

 とんでもないといった様子の一宮君。

「できないとは言わせないぞ」

「まぁ、待て。順番というものがあるんだよ」

「ふざけているのか」

「ふざけてなんかないさ。そんなに言うならお前がいけばいいだろう」

「貴様……」

 葵さんの目がすぅっと細くなる。

 あ、これはまずい予感。

「落ち着きましょう、葵さん……。彼に何か考えがあるようですし……」

 私は慌てて彼をなだめるが、にらまれてしまった。

「まだ気づいていないのか」

 ……何を?

「もういい」

 黙っていると、葵さんは舌打ちをして顔をそむけた。

 一体どういう……

「よくわかんねぇけど、でも、本当にいいのかよ! このまま放っておいて! どう見たって中村さん、不利だぞ!」

 藤原君の言う通りだ。

 通り魔のせいで何人も怪我人が出ている。

 中村さんも危険だ。

「そうは言うけどな。自業自得だと思わないか? 俺を陥れたいがために彼らがやったことじゃないか。危険を承知の上だろう。自分たちで危険な場所に踏み込んでおいて、助けてくれはないんじゃないかな」

 一宮君の言葉に、園田さんは地面に視線を落とした。

 ぎゅっと、拳を握る。

 そして……

「園田さん!?」

 彼は走り出した。

 止めようと私と藤原君が追いかけようとしたが、葵さんに腕をつかまれた。

 そのとき、私は一宮君がニヤリと笑ったのを見逃さなかった――。

「千代は悪くない……巻き込んだ俺が悪いんだ!」

 走りながら、彼は叫ぶ。

「良太!? こっちに来ちゃ駄目!」

「俺のせいだ! だから……俺がケリをつける!」

 中村さんを突き飛ばし、通り魔の前に立つ園田さん。

 いや、絶対に敵うわけないでしょ!

 ――案の定、園田さんは通り魔が何の慈悲もなく首筋辺りに竹刀を叩き込まれて、倒れた。

 格好良く飛び出したものの、数秒で退場である。

「あーあ……」

 藤原君も可哀想とかより、やっぱりな。という反応を示していた。

 園田さんに突き飛ばされた中村さんは、幼なじみが通り魔にやられて、怒りで飛びかかるかと思いきや……何だか悲しそうな表情で、倒れた彼を見つめていた。

「……これで十分か」

 葵さんがボソッと言った。

 一宮君に向けてだろう。

「ああ、そうだな。十分だ。邪魔者はいなくなった。これで心置きなくやりたいことができる」

 やりたいこと……?

 何なんだそれは。と、思っていたら、カシャ! というどこかで聞き覚えのある電子音が、この月夜に照らされた坂道に響き渡った。

 ……ん?

「……何してるの、一宮君……」

 彼のほうを見ると、なぜか携帯電話を構えていた。

今はあまり見なくなった、折りたたみ式の携帯電話。

 ガラケーってやつだ。

 そのガラケーから、カシャカシャという音が発せられていた。

「何って、写真を撮っている」

「……何の?」

 どう見たって被写体は通り魔なのだが、聞かずにはいられなかった。

「これは記録に残しておくべき重大な案件だからな!」

「何を言っているの?」

 私たちは葵さんに写真を撮るなと言われた。

 なのに葵さんは……黙っている。

 黙っているというか……静かな殺気に包まれていた。

「貴様……ふざけるのも大概にしろよ……」

「だから、ふざけてなんかないと言っているだろう。これは俺にとって大事なことなんだよ。わかるか」

「わかってたまるか。貴様の思考など理解したくもない」

 葵さんはつかつかと一宮君に歩み寄り、光の速さで携帯電話を取り上げた。

「あ! 返せ!」

「さっさとあいつを止めてこい。でなければこれを破壊する」

 携帯電話を曲げてはいけない方向へ曲げようとする葵さんを見て、「ヒィ!」と悲鳴をあげる。

「わかった! わかったよ! 止めてくるからそれだけはやめてくれ!」

「そうか。なら、今すぐ行け。そして紫を俺の目の前で元に戻せ。それが確認できるまでこいつは返さない」

「んぐぅ……」

 うなり声をあげる一宮君。

 ちょ……ちょっと待って。

「ど、どういうことですか。今、葵さん……」

 紫って言った。

 紫って……

「案外察しが悪いな、清原さん。とっくに気づいているかと思っていたんだけどな」

 一宮君に察しが悪いと言われ、ムッとしたいところだけど……そんなことはどうでもいい。

「通り魔と言われている者の正体、それは紫……俺の弟だ」

 九重君が……通り魔……

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