第9話

「助っ人って、九重かよ……」

 部室へ行くと、私たちの姿を見て我らが部長はちょっと嫌そうな顔をした。

 嫌な顔をしたいのはこっちだ。

 どうしてこんなに部室が散らかっているのよ!?

 どこから引っ張り出してきたのか、紙という紙が散乱していた。

 新聞部のバックナンバーに、部員たちの取材ノート……

 何をやっているんだ、この人は。

「部長、葵サンと知り合い?」

「同じ学年なら顔と名前くらい知ってるだろ……。七瀬たちと一緒にいりゃ、嫌でも目立つわ」

 よいこらせ、と、部長は年寄りくさい掛け声で紙の束を持ち上げた。

 さっき藤原君が“花ちゃん部長”と呼んでいたが、そんな可愛らしい人ではない。

 見た目は完全に運動部な、至って普通の男子高校生である。

 人情に厚い人なので、人望はある。

 ちなみに名前は、九十九花つくも はな

 それで、花ちゃん部長と言っていたのだ。

 ギャップもいいところだ。

 名前だけ見れば完全に女子だもの……

「おい……手伝いってまさか、この大量のゴミを片付けることじゃあないだろうな」

 葵さんもすごく嫌そうな顔をしている。

 そりゃそうだ。

 部員でもないのに突然連れてこられてこの有様じゃあ、その顔になる。

「ゴミ言うな! これは新聞部の汗と涙の結晶だ!」

 部員じゃない人から見れば、ゴミでしかない。

「大量のバックナンバーを引っ張り出してきて、何をしているんですか」

「決まってるだろ。夏の特集に向けての調査だよ」

 夏の特集……そんな先の話を……

 まだ新学期も始まったばかりだというのに……

「何て目をしやがるんだ、清原。俺にとっては最後の夏だぞ! 気合いを入れた号にするんだよ!」

「そうですか……」

 勝手にやらせておこう。

「夏と言えば怪談! 月之の不思議話特集で夏は決まりだ! つーわけで俺は今、先輩方がこれまで調査してきた月之高校にまつわる怪談話や、不思議な体験談がどれだけあるのか片っ端から調べているというわけだ。お前らも手伝え」

「えー! 手伝いってそういうこと? 俺ら、月ノ坂の通り魔の調査しているのに!」

 藤原君が眉をハの字に曲げて叫ぶ。

 一方で部長は、眉をひそめた。

「月ノ坂の通り魔? お前ら、そんな記事を書くつもりだったのか?」

「違いますけど……」

 手短に私は、これまでの経緯を説明した。

「ふぅん。どうせならそれも記事にしてやろうっていう、清原の魂胆だな」

 そんなつもりは……あったけど。

 魂胆だなんて、嫌な言い方をしてくれる。

「部長なら何か知ってるんじゃないかなーって。呪いの竹刀のこととか」

「そうだなぁ……。知らないわけではないが……剣道部のやつらも口を割らなかったからな。俺らもあまり深くは追わなかったんだよ」

 珍しい。

 部長が途中で放棄するなんて。

「呪いの竹刀を使ってしまった生徒が、豹変したって話はご存知ですか」

「もちろん。俺らと同じ学年だからな。結局転校したんだっっけ、確か」

「そのとき、詳しく調べなかったんですか」

「調べたけど、剣道部の連中が頑なに口を割らなかったっつっただろ、さっき」

 中村さんはあっさり話してくれたけど、当時の先輩たちがそうとう厳しく口止めしていたようだ。

「部長でもあっさり諦めたりするんですね」

「そう言ってくれるな。あのとき俺は一年だったんだぞ。色々と弊害はあったさ」

 それに、新聞部の先輩たちもそこまで熱心じゃなかったと、付け加えた。

「でも、お前らがやるっつーなら、俺も知恵を絞ってやろう」

 はぁ。と、私は気の抜けた返事をした。

「お前ら、知っているか。先生の中にはこの学校のOBOGもいることを……」

 そりゃいるでしょうね。

「その中に一人。当時剣道部だった先生がいる」

 ……何ですって。

「誰ですか」

「そう焦るな、清原」

 ニヤニヤして、もったいぶる部長。

 早く言いなさいよ!

「英語の松原先生だ。……お前らは関わりないかもな」

 今、三年生の英語を担当している先生だ。

 まだ若い……といっても三十代の先生だったような。

「この先生に話を聞いてみれば、呪われた竹刀がいつから剣道部に伝わっているのか……わかるんじゃねぇか?」

 なるほど。

 もし先生が知らなければ、先生が卒業した後に伝わったことになるし、先生が知っていれば……何か情報を得られるかもしれない。

 まだ三十代の先生だ。

 そんなに前じゃない。

「話、聞きに行ってきます」

「おう。じゃあ、俺はここで他に剣道部に関する情報がないか調べておくぜ。蛍、お前は俺の手伝いな」

「えー!」

「清原、九重に付き添ってもらって行ってこい。きっと九重がいるほうが多少は先生の警戒も解けるだろう」

「部長にそう言われなくともそうします」

「一言余計だな!」

 私は葵さんに、すみませんがお願いします。と、頭を下げた。

 彼はやれやれといったふうにため息をつく。

 OKということだろう。

 私たちは部室を後にした。

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