第7話

 日が完全に落ちてから、月ノ坂に集合するということで、園田さんとはその場で別れた。

「新聞部の諸君も来るがいい! この俺の雄姿をぜひ記事にしてもらおうじゃないか!」

 なんて言いながら。

 貴方のことを書こうが書かまいが、私は行く気満々だ。

「はぁ、面倒なことになったな」

 園田さんがいなくなった後、茂みに身を隠したまま、一宮君はため息をついた。

「何だ。逃げるのか」

「そんなこと一言も言っていないだろ。面倒だなって言っただけだ」

 一宮君は葵さんをにらみつけた。

「……俺は一旦家に帰ることにするよ。あの園田さんをどう黙らせるか、考えたいからな」

 そう言って、一宮君は帰ってしまった。

残ったのは、私と藤原君と葵さん。

「……どうする?」

「どうするって」

 決まってるじゃない。

 夜まで時間はある。

 やることは一つ。


「え? 取材?」

「はい。突然で申し訳ないのですが、主将の中村さんにお話をお伺いしたいと思いまして」

 ――中村さんに、取材のフリをして話を聞く!

 園田さんが彼女を疑う理由、確かめさせてもらうわよ。

「えっと……九重君って新聞部だっけ? 確か、君って帰宅部じゃあ……」

 中村さんは同級生である葵さんをまず、不思議そうに見た。

「いや。俺はこいつらの保護者だ」

「へ……へぇ……?」

 誤魔化しきれていない気もするが、誤魔化した。

「でも……どうして突然取材なんて……。私、この間の試合で負けちゃったよ?」

「今度、全部活において活躍している、女性部長の特集を組むことになりました。ぜひ中村さんにもお話を」

 そんな特集組む予定などないが、仕方あるまい。

 私があまりにもペラペラと嘘をつくので、藤原君が呆れた目で見ている。

「そっか……。私でよければ」

「ありがとうございます」

 とりあえず怪しまれないように、通常の形式的なインタビューを行う。

「中村さんは、ずっと剣道をされていたんですか?」

「うん、そうだよ。小さい頃からずっとね。親が剣道教室をやっている人と知り合いで、今もそこに通っているんだ」

「今も? すごいですね」

 そりゃ大会で優勝もするわね……

「中村さんって美人な上に強いんだな! かっこいー!」

「え、え~? そんなことないよぉ」

 二年のくせに馴れ馴れしい藤原君にも、気を悪くすることなく彼女は照れたように笑ってくれた。

 遠巻きに見ている後輩であろう女の子達が、藤原君の言葉に共感するかのように激しく頷いている。

 ……女子からも慕われているのね。

「中村さん、着物とか似合いそうじゃね!?」

 ……藤原君、わざとなのか本気で言っているのかどっち?

 それってもう、彼女が例の通り魔だって言っているようなものじゃあ……

「わかります!?」

「そうなんですよ!」

「主将なら絶対似合いますよね!?」

 わ!

 何!? 突然!

 剣道着を着た女の子達がものすごい勢いで話に入ってきた。

 とうとう黙っていられなくなったらしい。

「ちょ……やめなよ、みんな。新聞部の人達ビックリしてるでしょ。早く練習に戻りな」

 叱られて、三人の女子はしゅんとした様子で、「ごめんなさい」と謝った。

「着物はね、嫌っていうほど着てるからいいの。たまには洋服も着たいよ」

 ……ん?

「どういうことですか?」

 ポロッとこぼした彼女の一言が気になった。

「私の家ね、呉服屋なの」

 呉服屋。

 このご時世に珍しい……

「江戸時代からずっとやってるんだって」

 何それ、老舗ってこと?

 すごいじゃない!

「……あ」

 どういうわけか、ずっと黙っていた葵さんが反応した。

 え? 何?

「そうだよ。いつも九重君家が贔屓にしてくれている呉服屋だよ」

 中村さんはくすくすと笑う。

「九重君のお母さんがね、ウチで着物を買ってくれているの」

「そうだったんですか……」

 まさか、そんな繋がりがあるなんて。

「あ、そうだ。思い出したけど、弟の紫君」

 まだ九重家にまつわる話があるの?

「紫君にはとてもお世話になったから、お礼を言っておいてほしいなって。私、ちゃんとお礼を言えてなくて……」

「……あいつが何をしたんだ?」

「あれ? 知らない?」

 中村さんは驚いた表情になる。

「実は去年、剣道部が不良のたまり場になっちゃったんだよ」

 ……何ですって?

 そんな話、初耳だ。

 藤原君に、知ってる? と目で尋ねたが、彼は首を左右に振った。

 なぜ……なぜそんな重要な話を私たち新聞部が知らないの?

「そのとき助けてくれたのが、紫君とあと同じクラスだっていう男子二人。あの子達がいなかったら、今頃剣道部はどうなっていたか……」

 私は驚きのあまり、しばらくの間黙ってしまった。

「その間、練習はできたのか」

「それどころじゃなかったから、私の通っている剣道教室の先生にお願いして場所を借りていたよ。そのおかげでみんな上達したんだけどね」

 先生に部員たちの練習見てもらっちゃった。と、彼女は無邪気に微笑む。

「……先生とか、生徒会に相談はしなかったんですか」

 私はようやく、口を開いた。

「そうするべきだったと、今は反省している。でもね、正直、月ノ坂の不良だって、先生たちは対処できてないでしょ。信用できると思う?」

「でも、顧問の先生は知っていますよね?」

「知らないよ。だって、形だけの顧問だし、剣道できない先生だもん」

 ……月之高校の部活は、別に顧問の先生がいなくとも部を立ち上げられるという、一風変わった仕組みになっている。

 運動部は試合に出るのに先生の引率が必要だったりするので、形だけの顧問が存在していることが多い。

 ――もちろん、練習に参加している熱心な先生もいる。

「そんな先生に相談したって無駄だと思わない? 生徒会に言わなかったのは、問題を解決する前に廃部にされてしまうんじゃないかと思って、言えなかったんだ」

「……あいつはそんなことしないと思うが」

 葵さんの言うあいつとは、恐らく生徒会長のことだろう。

「そうだね……。先生なんかより、よっぽど七瀬君のほうが信用できるよね。バカなことをしたと反省しているよ。結局、生徒会の一員である紫君にバレてしまったしね」

 中村さんはため息をついた。

「どうして剣道部が狙われたんですか」

「それが全く心当たりがなくて。あえて考えるなら、剣道場が月ノ坂に近いから……かな……」

 確かに、先程私たちが隠れていた茂みの辺りにある塀を乗り越えた先は、月ノ坂だ。

 侵入しようと思えばできる……ということは。

「その不良っていうのは、他校の生徒たちばかりだったんですか」

「あー、他校の人もいたけど、月之の生徒も結構多かったと思う」

 何でまたこんな所で彼らはたむろっていたのか。

「……あの竹刀がなくなったせいなのかな」

「……えっ?」

 今、何て?

 竹刀?

 それはもしかして。

「呪いの竹刀ですか」

「え……知っているの? さすが新聞部だね」

 嘘だと思っていたけど、園田さんの言っていたことは本当だったのね。

 これには葵さんも驚いた表情だ。

「噂で聞きました。本当にあるんですか」

「今はもうないよ……。実は、ずっと剣道場にその竹刀は隠してあったんだけど、あるとき竹刀がなくなっていたんだ。それからだよ。不良がたまり始めたのは」

 おかしな話ね。

 呪いの竹刀がなくなったことによって、逆に良くないことが起きたって?

 やっぱり疑わしい……

「不良達を紫君たちが追っ払ってくれた後、行方不明の竹刀を見つけてくれたんだ。で、クラスメイトに陰陽師がいるから、その人に引き渡してくれるって。ついでに剣道場もお祓いしてもらって、この通り。元通りだよ」

 ……陰陽師のクラスメイト。

 誰かはわかる。

 私と藤原君は顔を見合わせた。

「あの、呪いの竹刀ってどう訳ありなんですか」

「私もよくわかんないんだよ。知っている人たちはもう卒業してしまったからねぇ。まぁ、在学中も教えてくれなかったんだけど……」

 ……気になる。

「竹刀が隠してある場所だけは、みんな教えてもらっていたんだけど、絶対に触っちゃ駄目って。でもね……私が一年のとき、先輩達からその話を聞かされて、信じなかった子がいたんだけど、要はその子、触っちゃったんだよね。竹刀に」

 普通は信じないでしょう、そんな話。

「私もさすがにビックリしたけど、自分の竹刀とこっそり入れ替えて、呪われた竹刀を実際に使ったんだ。そしたらその子……急に試合で勝つようになって」

 聞けば、そこまで強い選手でもなかったそうだ。

 ……別にそれも悪いことじゃないわよね?

「幸運の竹刀の間違いじゃねぇの?」

 藤原君がそんなことを言い出した。

 すると、中村さんがとんでもない! と、首を激しく横に振った。

「強くなったまではいいけど、そこから先が問題なんだ。剣道をしているときは別人のようだし、あと、やけに月ノ坂を気にするようになったの。絶対に許せないとか何とか言っちゃって……何度も止めたのに、自ら月ノ坂の不良たちにケンカを売りに行った。竹刀を持って。でもある日……」

 その人は、不慮の事故に遭った。

 月ノ坂で。

 不良が運転する原付バイクにはねられたのだ。

「幸い、そこまで重症ではなかったけど、しばらく入院したんだ。そこでようやく先輩達は竹刀がすり替わっていることに気づいて、私たちはすごく怒られたよ……。その子が入院している隙に、竹刀を元に戻した。退院する頃には何事もなかったかのように、いつものその子に戻っていたから……本当に呪いはあるのかなって……」

 人格を変える呪い……

 そんなもの……

「その人はどうなったんだ?」

「転校しちゃった。お父さんの仕事の都合か何かで」

 それじゃあ、本人に話を聞けない。

「えっと……こんなんでいいのかな? 全く関係ない話になっちゃったけど……」

 記事のことを気にしてか、中村さんはそう尋ねてきた。

「大丈夫大丈夫! めちゃくちゃ面白い記事ができそうだよ!」

 こういうときは頼りになる藤原君。

 おかげで「そっか、ならよかった」と、彼女は安心した様子だった。

「最後にいいか」

 葵さんが、剣道場を立ち去る前に中村さんに質問をした。

「その竹刀がなくなったり、不良のたまり場になった話だが……去年のいつ頃のことだ?」

「えーっと、確か……秋くらいだったかな」

「そうか。……悪かったな、練習の邪魔をして」

 最後は葵さんに押されるようにして、私たちは剣道場を出た。

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