第5話

「あれ!? 紫は!?」

 復活したボロ雑巾……いや、一宮君がきょろきょろする。

「用事。恐らく生徒会の仕事だろう」

葵さんの言う通り、私も生徒会の呼び出しだと推測する。

 本当は生徒会での九重君の様子も取材したいけど、今日は初日なので控えておくことにした。

「何だって!? くそうっ……! 放課後デートのチャンスがっ……!」

 地面に膝をついて本気で悔しがる一宮君。

「九重は九重でも紫のほうがいいというのに……いるのは出来損ないの兄……」

「誰が出来損ないだ」

 葵さんに頭をつかまれて悲鳴を上げる。

 懲りないわね……

「清原。今日はもう解散する?」

「ええ……そうね……」

 肝心の九重君はいなくなってしまったし……

 でもここは、葵さんにもっと話を聞いておくべきだなんて思っていたら。

「ようやく見つけた! 一宮光!!」

 一人の男子生徒がどこからか走ってきて、一宮君を指差した。

 ゲッ……と、一宮君は嫌そうな顔をする。

「何なんですか……また俺に何か用ですか……」

 ……この人、見覚えがあるわね。

 私は目を細めて彼らのやりとりを見る。

「用も何も、まだ決着がついていないだろう……って! 九重葵! な、なぜここに……!?」

 彼は葵さんの姿を認知すると、さっと距離を置いた。

「いて悪いのか」

「わ、悪いに決まっている……! これは俺と一宮光の問題だ! 貴様は引っ込んでいろ!」

 葵さんが苦手らしい。

 彼は虫を追い払うように手でシッシッとやる。

「貴方もしつこいな、園田そのださん……。俺に挑んだところでまた貴方が恥をかくだけだ」

 それを聞いて、私はこの人が誰なのかを思い出した。

「何々? どういうこと?」

 藤原君が説明してくれと、私の顔を見る。

「……覚えてないの?」

「俺、お前みたいに情報収集マニアじゃないから」

 ……誰がマニアですって……

 まぁ、いいわ。

「あの人は三年の園田良太りょうた。東館校舎落書き事件の犯人を見つけると言って、見事に推理を外した人よ」

「ああ……! 最後はペンキをかぶっちゃった、可哀想な人!」

 そうそう。

 そんなふうに話していると、園田さんは私たちをにらみつけた。

 ちなみに、落書き事件の真犯人は一宮君が見つけることとなる。

 一宮君ってさっきから最低なことしかしていないけど、本当はすごいのよ。

 一年生のときに学校で起きたちょっとした事件を彼が解決したことがあった。

 それをきっかけに、彼のように事件を解決してみせようと、探偵気取りの人が多く現れたりもした。

 しかし、皆一宮君を前に虚しくも散っていくことになる。

 その中の一人が、今目の前にいる園田さんというわけだ。

「光……お前、まだこいつにつきまとわれているのか」

「そうなんだよ……」

 ため息をついて、頭を抱える一宮君。

「人をストーカーのように言うな!」

 犬のように吠えるが、葵さんを恐れてか、柱に身を隠して叫んでいるので格好悪い。

「……で、決着とやらはどうやってつけるんですか」

 嫌々一宮君が尋ねると、園田さんは「そうだった!」と手をポンと打った。

 ……忘れていたのか……

「月ノ坂の通り魔の話は知っているか?」

「……は? 通り魔……?」

 葵さんが首をかしげる。

 一宮君は特にリアクションはしなかったので、知っているのだろう。

 私は、葵さんに説明することにした。

「学校の裏に坂道がありますよね」

 月ノ坂と呼ばれる坂道だ。

「なぜか満月の夜だけに、通り魔が現れるらしいんです」

「……はぁ……」

 いまいちよくわからないって顔をしている。

 私も実際に見たわけではないので、半信半疑である。

 でも。

「通り魔というからには、襲われた人がいるのか?」

「ええ……一応怪我人が出ているそうなんです」

 というわけで、嘘ではないとは思われる。

 ここ最近、学校中がこの話で盛り上がっている。

「月ノ坂って、確か……」

 葵さんが何が言いたいのかはわかる。

「あそこは不良のたまり場。襲われた人たちはみんな、不良ばかりです」

 あそこは薄暗くて、普段から人があまり寄り付かない。

 そのせいか、いつの間にか不良のたまり場になっているようだった。

私が入学したときからすでにそうだったので、もう長い間そんな状態が続ているのだろう。

 不良は他校の生徒ばかりだったが、月之高校の生徒の中には影響されて、彼らと一緒に非行を繰り返している者もいる。

 学校側も何とかしようとはしているみたいだけど、過去に先生が不良たちに袋叩きにされて大怪我を負ったらしく、完全に触らぬ神に祟りなし……で、見て見ぬふり。

 警察も取り締まりにはくるものの、やつらは上手いこと彼らから逃げているようだった。

 そんな不良たちばかりが襲われている、この通り魔事件。

 月之高校の生徒たちの間ではヒーロー的存在になりつつある。 

「聞くところによると通り魔は、赤い着物を着た黒髪の日本人形みたいな女らしいです」

「何だか非現実的な話だな……」

 そうなのよ。

 この時代にそんな着物を着た女って……

 そんな噂があるせいで、私は都市伝説的な何かなのではと思ってしまい、いまいち信じることができないのだ。

「中には噂を聞きつけて、その女に挑もうとする連中もいるそうだが、全く歯が立たないらしい。何でも女は竹刀を持っており、かなりの腕前とのことだ。――その話で! 俺はわかったのだよ!」

園田さんが自信たっぷりに言う。

「……わかったって、何がですか?」

「決まっているだろう! 通り魔の正体だ!!」

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