第4話
「でも良かったじゃん。兄ちゃんがいるなら九重も安心だろ?」
一宮君がボロ雑巾のようになったところで、藤原君が兄弟を見て言った。
「う……ん……まぁ……」
歯切れの悪い九重君の返事。
「残念ながら俺は今、家を出ている」
その理由を、お兄さんが教えてくれた。
「えっ……? まさか、兄ちゃんも家出!?」
一宮君と一緒にしちゃダメよ……
「違う。九重家の長子は高校に入ったら家を出るのが、昔からの決まりだ」
「ということは、一人暮らし?」
「いいや……自立する訓練というか……」
「……あっ。そっか……」
藤原君もようやく気付いたみたい。
九重の名がこの学校で有名なのは、単に二人が美形兄弟だからってだけではない。
彼らの家は、
この七瀬家の長男がこれまた、うちの学校の生徒会長で……と、話し出したら色々あるので、一旦それは置いておこう。
とにかく、葵さんはきっとそこのお家にいるのだろう。
「だから紫とは学校でしか会えない。……そういえばお前たちは何なんだ?」
……遅い。
気づくのが遅いです……
「私たちは九重君と同じクラスで、新聞部の者です。彼のことを取材したくてお話を伺っております。よろしければ、お兄さんからもお話を聞かせていただけませんか?」
「やめておいたほうがいい、清原さん。葵は重度のブラコンだから紫の自慢話しか聞けないぞ」
これまた余計なことを言った一宮君は、葵さんにとどめを刺される。
「俺でよければアホ宮バカるの撃退方法を教えるが」
「いや……あの……それは大変ありがたいですけど……」
上手いことフルネームみたいに言わないでほしい。
「お二人と一宮君って一体どういう関係なんですか?」
「腐れ縁だ。両親たちが昔からの知り合いらしい」
ということは……幼馴染みってやつね。
道理で一宮君が九重君に固執しているわけだ。
「確かに葵とはそうかもしれないが……紫と俺は切っても切ることのできない赤い運命の糸で結ば……」
「あのアホの言うことは無視してくれて構わない」
一宮君が喋っているのを遮って、葵さんは言った。
「おい! さっきから人のことをアホバカ言うんじゃない! どちらかと言えばアホはお前だろう! 葵!」
吠える一宮君を葵さんは無視するが、九重君は許さなかった。
「光の分際で……葵を侮辱するのか……」
「……え? な、何のことでしょう……? ちょ……紫さん、落ちつ……ギャーッッッ!!」
……見なかったことにしよう。
「……紫と同じクラスだと言ったな?」
この喧騒の中、葵さんは私たち二人に言った。
「あ……はい……」
「できればあいつのことを少し気にかけてやってほしい。特にアホ宮から守るために」
「……」
今日一日彼を見ていて、かなりの脅威だということはよくわかった……
兄としてはそりゃ心配になるわね……
「私たちだけで彼を抑え込めるかはわかりませんけど……」
「大丈夫! 俺、九重と友達になったから! 安心していいぜ! 九重の兄ちゃん!」
どこから出てくるんだろう、その根拠のない自信。
それが藤原君の良いところであり、悪いところでもある。
私は隣でため息をついていたけれど、ニカッと笑った藤原君を見て葵さんは少し微笑んだような気がした。
「何の話をしている?」
ボロ雑巾をさらにボロくした九重君がこちらに戻って来た。
「お前の身を案じていただけだ」
「……?」
兄に頭をなでられ、弟は首をかしげた。
「今日は久々に一緒に帰ろう。あのバカは放っておいて」
そう言われて、九重君の顔が輝く。
普段人をにらみつけるような顔しか見せない、九重君の嬉しそうな表情はなかなかレアだ。
――だが、レアな姿もほんの一瞬だけだった。
ピローンと間抜けな電子音が響いた。
一瞬、自分のスマホの音かと思ったが、九重君のだった。
画面を見た九重君は、悲しげな顔で兄を見た。
「またいつでも一緒に帰れるだろう。用が出来たのなら仕方がない」
落ち込む弟を慰める兄。
とても残念そうだ。
「それじゃあ……藤原、清原さん。俺は用があるからここで……。また明日」
私たちに別れの挨拶を告げて、九重君は教室のほうへと引き返していった。
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