第40話 デザインは楽しかったことを思い出す

 後で何か食い物と飲み物を調達してくるから、と言ってアハネはPC室から出て行った。僕は写真加工のソフトを画面に出す。そしてバッグの中から、ずっと見なかった写真を取り出した。

 ばらばら、とスキャナのあるデスクの上にそれを並べる。ああ、あの時の格好だ。

 夜の場面と朝の場面を撮り分けた、あの写真だった。

 僕はこんな顔をしていたのだろうか。メイクをして、何処か挑発的な。だけどその姿は、妙に他人のように見えて仕方がない。

 ある写真ある写真、どんどん僕はスキャナにかけていく。似た傾向の写真を分類してから、これは使えるこれは使えない、と冷静に判断して、黒いデスクの上に分けていく。

 黒い背景の中に、奴の姿が浮かび上がる。僕はそれを一度拾い上げて、じっと見た。そして一度目をつぶる。

 この時の僕は、この男がとても好きだったんだ。

 スキャンした写真が画面に大きく現れる。ああどう加工しよう。CDのジャケットの大きさは? 歌詞カードには何枚の完成画像が必要だ? 構成は?

 ややこしい作りのものはできない。今の状況では。アハネもそういうものを望んでいるのではないのだろう。今僕のできる条件で、できるだけの良いものを。

 あの時出そうと思ったのは、三曲入りのものだった。だとしたら、マキシ・シングルという形態だろう。裏側に表裏の画像二枚。扉とその裏。歌詞カードの入る倍の幅の一枚。

 全部で五枚。それをどう配置するか。関連づけるか。歌詞は。

 歌詞は…… 覚えている。まだ僕は覚えていた。

 それをどう配置するか。言葉をどう空間に配置するか。

 とりあえずはテキストエディタを立ち上げて、ぱたぱたとその歌詞を打ち込んで行った。その中の一曲は、のよりさんの頃からの代表曲とも言えるものだったけど、後の二曲は、僕が作った歌詞だった。僕はどう歌っていたろう。どう歌詞カードには配置するのが似合ってるのだろう。

 内容を思い返しながら、僕はそれがスキャンした画像とどう絡むかを考えていた。自然と、そういうことを頭が真剣に考えだしていた。

 やがて僕はその作業に熱中して行った。

 不思議なもので、そうしていると、スキャンした写真の数々が、自分たち、という意識が無くなってきて、一つの素材として見えてくる。この素材をどう生かせばいいのか。僕の頭の中は、そういうことで占められる。


 色は。バランスは。配置は。

 この色のままでいいんだろうか。

 色変化をさせたほうがいいんじゃないか? 

 コントラストを上げて、色数を落として、少し非現実的にしたほうがいいんじゃないか? 

 歌詞に合わせよう。この歌詞はどういうことを言いたかったんだっけ?


 真剣になればなるだけ、その時の感情は、他人事のように感じられる。

 途中、何度か配置がどうにも気にくわなかったり、切り取りと張り付けに失敗して、全部クリアしてしまったこともあった。いいと思った色の感じが、表と裏でバランスを見てみると、それはそれで違う。

 何度も何度も、僕は繰り返した。

 時間がどんどん過ぎて行っているのが判る。周囲が静まりかえっている。その中で、僕がかちかちとキーボードやマウスを動かす音、PCの立てる音だけが、ただ教室の中に響いている。

 何でこんなに集中できているのか、僕には判らなかった。ずっとやらずに居たというのに。

 それでも、身体は、そういう行動を覚えている。何かの素材を切り取って、自分にとっての「良い感じ」に並べ替え、化粧をさせ、一つの別の世界を作り出すという作業。


 ……楽しい。


 奇妙に高揚してくる気分の中で、僕はそんな気持ちが自分の中に戻ってくるのを感じていた。



「ひゃーっ!!」


 ぴた、と冷たいものが頬に当てられたので、僕は飛び起きた。起きた……? 眠ってしまっていたのか?

 僕はそこがまずどこだったか、すぐには思い出せなかったので、きょろきょろと辺りを見渡し……

 目の前でパックのミルクを手にしている友人の姿を見て、昨日のことを思い出した。

 窓からは、朝の、まだ弱い、赤い日差しが斜めに入り込んできていた。


「おはよー」

「……おはよ」


 ほい、とアハネはその頬に当てたミルクではなく、湯気の立つ、紙コップに入ったカフェオレを手渡した。ありがと、と僕は受け取る。


「ほら、朝メシ。腹減ってねえ?」

「あ、うん」


 言われてみれば、そうだった。空いている僕の隣の席の椅子に彼はコンビニの袋を放り出す。そして自分の分のサンドイッチをまず取り出し、何食う? と袋の中身を広げてみせた。

 中には、結構な量のパンやらおにぎりやらが入っていた。僕はその中から、ツナマヨネーズのおにぎりとチーズクリーム入りの丸いフランスパンを選んだ。


「気を付けろよ? せっかくのできあがったデータおしゃかにしちゃいかんからなー」

「あ」


 そういえば、と僕は慌てて省電力モードになっている画面を広げ直した。そこには、一応おおかたの完成した画像が何枚かできている。


「お、結構できてるじゃん」

「うん、確か、これでサイズ決めて、印刷すればおしまい、と思ったあたりで……寝ちゃったんだ」

「じゃ、さっさとやっちまおーぜ? 今の連中が来てからじゃ面倒だし」

「うん」


 僕はおにぎりを口にしながらうなづいた。


「あ、でもCDのケースがなかったから、というのもあったんだった」

「そのあたり、俺にはぬかりはないぜっ」


 じゃん、とアハネは自分のバッグの中から、CDのケースを取り出す。


「と言うか、昨日あれから、俺ちょっと買いたい新譜があったからさ、買いに行ってたんだよ」

「なあんだ」


 そう言って僕はあはは、と笑った。そして貸して、とそのケースを手に取る。立ち上がり、別の教室から物差しを取ってきて、中のカードのサイズを確かめる。


「……っと。これでいいかな」


 解像度とサイズを確かめる。


「紙は?」


 アハネはプリンタのところへ行って、手差しモードの用意をしていた。


「ぺらぺらした奴がいい」

「ぺらぺら…… ふうん。じゃこれかな」


 数枚の「ぺらぺらした紙」を取り出し、アハネはプリンタにセットした。機械が僕に聞いてくる。印刷しても良いですか?

 OK。

 やや多めのデータが、一気にプリンタに走った。がこんがこん、とプリンタが回り出す。

 やがて、その中から一枚二枚、と印刷された紙が出てくる。


「おー、出てきた出てきた」


 ぱん、とアハネは手を叩く。


「見せて」

「いい感じじゃん」


 短い言葉で、彼は批評した。


「ホントだ」


 僕もまた、短く感想を述べた。

 出てきた印刷物を、カッターで正確にCDケースの中に入る大きさに切り、ちょっとばかり今買ってきたばかりのアーティスト様にはどいてもらって、裏表のバランスを見るべく、差し込んでみる。


「あ」


 僕は小さく叫んだ。


「どうしたんだよ」

「……この色合いはいまいちだよ」

「そぉか? 俺はいいと思うけど」

「僕の思った感じとは違うんだ」

「ふうん? お前、どういう感じにしたかったの?」

 どういう感じ。僕は必死で言葉を探す。

「外側には『朝の場面』、内側に『夜の場面』って感じでコントラストをおきたかったんだよ」

「うんうん、それで?」

「……だから、これをこうやってみたんだけど…… これだとここをこう……」


 ぱたん、と僕は歌詞カードを折り曲げる。


「こうした時に、まるでこれじゃあ、全部が昼みたいだよ。こーやってCDに隠されてもしまうんだし」

「納得いかない?」

「いかない」

「OK」

「作り直していい?」

「お好きに」


 アハネはにっこり笑って、二杯目のカフェオレを買ってくる、と教室の外に出て行った。    


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