第10話 二人の演奏

「よーっす」


 連れて行かれたのは、ふた駅向こうの貸しスタジオだった。ケンショーがいくつかある扉の中のひとつを開けたら、中からおお、と声が掛けられた。


「遅いぞ、ケンショー」


 そう言って、ドラマーはどどどん、とバスドラムを鳴らした。


「悪い悪い。ちょっと今日は連れありでさ」

「連れ?」


 ドラマーはひょい、と立ち上がる。そしてケンショーの後ろに居る僕を見つけると、ふうん、と首を傾げた。


「小さいなあ」

「悪かったね!」


 反射的に僕はそう言い返していた。相手は目を丸くする。


「あ、ごめん。えーと、君、こいつの連れ?」

「あとりめぐみです」


 つい、ケンショーが僕を呼ぶ時の口調で自己紹介をしてしまったことに僕は気づいた。あ、と気づいてももう遅い。学校の友達だったら、名字を僕は強調していたけど、こうなるとまず名前のほうを呼ばれるのだ。


「めぐみ君かあ。俺はオズ」

「何か映画監督に、そういう人いなかったですか?」

「あ、良く知ってるじゃない。よかった、魔法使いとか何とか言われなくて」

「魔法使い? ああ、オズの魔法使い」

「そ。ガキの頃なんかそればっか。やだねえ。それに比べて俺はうれしいよ」


 別に知ってるという程ではないけど…… 時々遊びに行く寮では、アハネの友達が古い日本映画好きで、小津安二郎のシリーズとか、延々BGVにして麻雀を教えてくれたことがあったのだ。

 もっとも、教えてはくれても、どうも弱すぎる僕には、皆苦笑いを向けたけど。


「で、ケンショー、今日連れてきたってことは、この子、お前が最近言ってた?」

「まあね」

「でも連れてこれたってことは、脈あり、って思っていいのかなあ?」


 オズさんはケンショーに問いかけた。


「僕はまだ引き受けるなんて言ってないからね」


 そして僕は口をはさむ。そのまま流されてはたまったものじゃない。


「あらら。お前にしてはずいぶん慎重じゃない」


 ケンショーはそれには黙ってふっふっふ、と笑っただけだった。


「ま、その話はちょっと棚に上げておこうや。どうしてもこのあとりめぐみは、俺がギター弾いてるってこと信用しないようだからさ、ちゃんと証明してあげたいな、と思った訳」

「へえ。お前からギター取ったら、確かにロクな奴じゃねーし。それは確かに口説くにはいい方法だ」


 ほめてるのかけなしてるのか判らない口調で、オズさんはそんなことを言う。


「で、ナカヤマはどーしたの?」

「あ、今日は来ないって」

「あんのやろ」


 ケースから出したギターをチューニングしながら、ケンショーは声を張り上げた。


「仕方ないだろ? 奴だってバイトがあるし。ヴォーカルがいないうちくらい、ちょっとでも時間増やさないと、部屋代に響くって言ってたからさ」

「ふん」


 僕はそんな会話を聞きながら、スタジオの中をぼんやりと見渡していた。

 窓の無い、部屋。昔、学校の音楽室や放送室とかがそうだった、穴の開いた壁。大して大きくはない。奥にドラムがあって、アンプが数台置かれている。そしてマイク。


「ま、いっか。オズ、ちょっと16分でリズム、くれね?」

「16分? おっけー」


 そう言うと、オズさんはスティックを四回鳴らした。ハイハットで16分音符を叩きながら、四つに一つ、スネアドラムを鳴らしてくという奴だ。元々のテンポは歩くよりやや速い程度で、ちょっと前乗りってとこかな。身体が少し反応する。

 ケンショーはそこに突然滑り込んできた。聞いたことがあるような、無いような音がドラムの上にかぶさる。

 穏やかとはさすがに言えないけれど、尖りきってもいないメロディが、部屋中に響き、その調子に合わせるかの様に、オズさんのドラムは、16分の上に飾りをつけていく。元々が華やかなリズムだけあって、そこに飾りをつけると、きらきらした印象になる。

 ふうん、といつの間にか僕は、パイプ椅子の背に頬杖をつきなから、二人の演奏に見入っていた。

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