第7話 高音の、ひっくり返す様な歌い方が、泣いてるようで。
「なあ、僕こないだ、どんな風に歌ってた?」
CGベーシックの授業が終わり、PCの電源を落としながら、僕はアハネに聞いてみた。
「こないだ?」
「ほら、新歓コンパの時」
「―――ああ」
まだ使い慣れないPCに、慎重な目を彼は向けている。僕は、と言えば、確かにここに来て初めて使うのだが、わりと性に合うらしく、数回いじったらああこういうものか、という感覚は判った。
こういうのは理屈じゃないから、拒否反応を示す奴というのはずっと示し続けるのかもしれない。アハネはどっちかというとそのタイプらしく、どうもこの授業に関しては、あまり積極的ではない。
彼が積極的なのは、無論写真基礎だった。理論と、実地が両方入って来るので、僕なんかからしたら、理論の方はテキスト開いただけで頭がパニックを起こしそうだというのに、彼はそれに関しても熱心だし、実際理解はできるらしい。
つまりは適性と、とっかかりの問題なんだと思う。
そんな鬼門のPCを片づけ、ようやく彼は僕の話を聞く体勢になる。
「……っと、ごめん。何の話だっけ」
「だから、こないだの……」
言いかけて、僕はやめた。彼は不思議そうな顔をして、首を傾げる。
「ううん、いい」
「何だよ。変なの」
そう言って、彼はふと気付いた様に僕の方を見た。
「そう言えばアトリ、最近お前、妙な奴につきまとわれてるって?」
「あ? まあ、うん」
妙な奴…… 妙な奴ね。確かにそうだ。ケンショーは妙な奴だと思う。
あれから毎日の様に、僕の帰り際を狙って、奴はやってくる。そしてそのたびにヴォーカルをやらないか、と誘ってくる。正直言って、僕は困っていた。
「あんまり妙な奴が妙すぎたら、寮に泊まってくか?」
「へ?」
「そいつが、家まで押し掛けてくるとか、そういうことない?」
「いや、それは」
そう言えば、そういうことはないな。
学校帰りを狙って、僕がいつも寄ってくスーパーやコンビニ、本屋、時にはCDショップ、そんなところをずっとついてきながらも、部屋近くなると、じゃあな、と言って手を振る。
しつこいと言えばしつこい。だから困っていると言えば、困ってる。なのに。
「それは無いけど……」
「ふうん。だったらまあいいけど。一体何で」
「僕に、バンドのヴォーカルやらないかって」
「バンド。それはそれは」
へえ、と言ったが、アハネは不思議と驚いてない。
「で、断ったの?」
「断ってるよ。最初から。忙しいし、できないって」
「ふうん。それでも毎日毎日、そいつ、来るんだ」
僕はうなづいた。
「熱心だなあ」
「物好きって言うんだよ。こないだの、新歓コンパの時に、金髪の店員が居たよね?」
「ああ、そう言えばいたよな。何か、お前の手いきなり掴んだ奴……あ、そいつ?」
「うん」
「じゃ、お前が歌ってるの、聞いてたんだ。ああそう言えば、何かいい声だ、って引きとめてたよなあ。それで?」
「声が気に入ったからって。バンドのヴォーカルに逃げられたばかりで、って言ってた」
「ふうん……」
そろそろ行こうぜ、と彼はその時はそれ以上言わず、僕をうながした。
*
アハネが頭ごなしに断ってしまえ、と言わなかったことは、しばらくの間、僕の中で引っかかっていた。
実際、自分自身に関しても引っかかっていたのは確かで。ケンショーに確かに毎日毎日そう誘われては、それでも言い訳の様に忙しいを繰り返し、断っている。
だけど、それは決定的な断りの文句になっていない。忙しい、というのは、全然理由になっていないのだ。
だって、そうやって毎日毎日、まだバイトも決まっていないのに、家に帰って何をする、と言えば、……何もしていない。
課題にしたところで、実のところ、本当に作業しようと思ったら、ノゾエさんの様に学校に居残ってやった方がいいのだ。CGとかだったら、問答無用でそうするしかないだろう。
そして作業にはまってしまったら、そんな風に、彼が待ってる時間に家に戻るなんてことができないだろう。そういう状況に自分を持っていってしまえばいいのだ。本当に断りたければ。
でもそれをしてない。何かが自分の中で引っかかっている。
まるで、奴が毎日毎日僕に会いに来るのを待ってるようじゃないか。
ケンショーにもらったテープはずっとCDラジカセの中に入ったままだった。
気に入りのCDも入ってるが、時々思い出したように、それを掛けてしまう。
別に、何ってことない曲なのだ。聞きにくくはない、わりとあっさりした。そのあたりにごろごろしている、ギターの音が結構に強いバンド、って感じがする。実際、ありふれてると思う。
ただ、そのギターの音が妙に耳に残るのだ。
耳に残るから、ついつい何度も聞いてしまう。僕は結構音楽を丸ごと頭の中に残すほうだったので、ギターに耳を傾けているだけのはずが、いつの間にか、歌まで頭に入ってきて、それが延々、眠る前の一瞬に回り出す。
女の子の声だった。だけど、何かどこかで、こんな歌い方、聞いたことがある。
誰だったろう、と思いながら、そのまま眠りに入ってしまうことが多かった。
高音の、ひっくり返す様な歌い方が、泣いてるようで。
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