第4話 抱きついてきた初対面の金髪の男

 足音が近づいてきたことに気付いたのか、その金髪の男はくわえ煙草のまま、振り向いた。

 目を細めてる。何かやーなかんじ。そして組んだ腕のまま、首をかしげ、……明らかに、僕を見ている。

 だけど金髪の奴に僕は知り合いはいない。少なくとも、捜されるようなことをした覚えはない。……無いと思うんだけど……

 違うよね? 違うと…… 誰か言って欲しい。

 だって、何か、何か、近づいてくるじゃないか!

 細めた目のまま、煙草をかかとで床に押しつぶすと、男は僕の方に真っ直ぐ近づいてきた。

 僕も、一緒にいたノゾエさんも、何か、その足取りに圧倒されて動くことも忘れていた。


「あとりめぐみ!」

「は、はい!」


 反射的に返事をしてしまっていた。


「ああそうだ、やっぱりそうだ。その声だ!」

「え?」

「やっと見つけた!」


 えええええええええええええっ!!

 内心絶叫しながら僕は硬直した。

 何が起こってるのか、正直言って、信じられなかった。

 だって、そうだろう。何だって、初対面の金髪の男に、抱きつかれなくてはならないんだ!

 僕は硬直しながらも、男の肩越しに見えるノゾエさんに目で助けを訴えた。

 先輩…… いや同級生…… いや年上…… そんなことはどうだっていい! とにかく年上だろうが女性に助けを求めなくてはならないくらい、僕は正直言って、どうしたものなのかさっぱり判らなくなっていたのだ。

 しかもこの男、何だってこんな、力が強いんだ! 身動き一つとれない……

 ノゾエさんノゾエさん。僕はひたすら目で訴える。

 そしてやっと彼女ははっとして、男の肩を、その力のある手でぐっと掴んだ。


「ちょっとあんた、何なのよいきなり!」

「痛! 何つー力だ!」

「その子を離してよ! 何あんた、いきなり、この学校の生徒? 違うわよね! あたし見覚えないよ。こんな老けた新入生はいないでしょ!」

「老けてて悪かったなあ。ああ確かに俺ここの生徒じゃねーよ。だけどしょうがねーじゃないか。捜してた奴が、ここの生徒なんだから」


 だからって。……頼むから、手を、手を解いてくれ。

 顔を上げて、彼女の方を向いてはいるというのに、何だって、いつまでもその手は僕の背中に巻き付いてるんだ!


「だからあんた、その説明をしてよ! 捜してる捜してるって……アトリ君、怖がってるじゃないの!」

「へ?」


 金髪男は、驚いた様に、僕の方を改めて見る。そしてじっと、今度は目を大きく広げた。あ…… れ? けっこう整った顔だ。


「……あ、すまん」


 あっさりと男は手を離した。そんなに怖がっているように……見えたんだろう……な。

 あははは、と乾いた笑い声を立てながら、僕はその場にずるずるとしゃがみ込んだ。


「大丈夫?」


 ノゾエさんは慌てて僕のそばにしゃがみ込む。そしてきっ、と金髪男を見上げて強くにらみつけた。


「ほらちゃんと説明なさいよ! 可哀想に……」


 いやそんな、怖かった訳ではないんだけど。ただずいぶんと突然のことに、驚いたんだ。すごく。


「あー…… と」


 金髪男は、さすがに困った様な顔になった。

 そして何やら黒いジーンズの中の、ポケットの中をごそごそと探りだす。

 手持ち無沙汰なのだろうか。中身の無い煙草のパッケージを見て、顔をしかめる。


「……あー…… つまり、あとりめぐみ、俺、ここんとこずっと、あんたを捜してたんだよ」

「それは聞いたわよ」

「あんたには言ってねーよ、でかいねーちゃん。俺はこっちの可愛い子の方に言ってるの」

「あたしがでかいのもこの子が可愛いのも確かだけど、一応友達として聞く権利はあるわよ!」

「友達なのか?」


 ぬっ、と顔を突き出して、金髪男は僕に訊ねる。友達…… まあ、友達なんだろうな。……さっき出会ったばかりのような気もするむけど……


「うん。友達だけど……」


 壁に手をつきながらゆっくり立ち上がると、僕は彼を見上げた。


「僕に、何か用なの? 僕はあんたを知らないけど」


 ようやくそれだけを訊ねる。まだ何か、どきどきしてるじゃないか。ゆっくりだけど、何か立ち上がったショックでくらくらするし。


「知らない、かなあ? こないだ、一度会ったけど」

「……こないだ?」


 記憶をひっくり返してみる。だけど金髪男なんて……

 あ。


「もしかして、あんた、こないだの店の……」

「こないだの?」


 ノゾエさんは不思議そうに訊ねる。男はうなづいた。


「こいつら、新入生歓迎のコンパで、ウチの店、借り切ってたんだ。その時、この、あとりめぐみが、いきなり酔っぱらって歌連続七曲うたいまくったんだよ」

「……」


 僕は押し黙った。

 確かにそういうことをした、と後でアハネに聞いたりはしたけれど、僕自身、ちゃんとした記憶が残ってる訳じゃあない。そんな時のことを引き合いに出されても、困る。


「で、その時の声があんまりにも良かったから」

「……あ、確か、あの時も、そんなこと言ってた……」


 そうだ。そこは思い出した。帰り際にいきなり手を捕まれたんだ。その時はアハネが何か上手く助けてくれたけど。


「でも、良かったから、……何だって言うの?」

「欲しいと思って」

「欲しい?」


 僕とノゾエさんの声が重なる。どういう意味だ、それは。


「俺、バンドでギター弾いてるんだけど」

「ああそうだね。確かにバンドマンって感じよね。いまどきパツ金ロン毛ったって、そこまで長いのはバンドマンくらいなもんだわ。珍しいくらい」


 そう。そしてその長い髪の毛は後ろでざっとくくられてるだけだ。何か、毛先のほうなんて、火を点ければ実によく燃えるだろうな、とか、とうもろこしの先っちょについてるあの毛を思い出してしまった。


「で、今、ウチのバンドヴォーカルが居なくて」

「僕は歌えないよ」

「あん時、ちゃんと歌ってたじゃないか。すげえ上手かった」

「あれは…… 酔ってたから」

「じゃあ歌えるって。歌ってみない?」


 そう言いながら、その顔がいきなり笑顔になった。思わず僕は後ずさりする。視線を彼女の方へ巡らす。

 どうしたものか、と彼女もまた天井を見上げていた。ああもう。人に頼ってる場合ではないらしい。僕は一度生唾を呑む。


「困るんだってば。僕この学校に入ったばかりで、これから忙しいんだ。バンドやってる暇なんて無いって」


 一気に大声でまくし立てた。ちょっと自分でもびっくりしている。何か滅多にそういう言い方しないから、胸がどきどきする。

 でも何となく、そのくらい言わないことには、この金髪男には通じない様な気がしたんだ。


「ふうん」


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