第4話®️

彼の話によると、彼は6月20日夕方近くに何やら黒い影のようなものが蠢くのを初めて目撃した。


彼がその蠢く影に気付いたのは、たまたまだったと言う。


あの時、彼はなんとなく自分の家の壁に目をやった、壁には庭の木の影が映っていたのだが、その一部が蠢いているのに気が付いた。


彼は不思議に思い、蠢く影をじっと見つめた。


その蠢く影は、彼の視線に気付いたのか、動きを止め、影の中に隠れるように消えていった。


しかし彼の目は、影の中を移動する蠢く影を捉えたままだった。


そこへたまたま通りかかった隣に住んでいる友人に、その蠢く影を指差しながら「これはなんだろう?」と声を掛けた。


友人は立ち止まり、彼の指先をじっと見つめる。


「…ただの影だろう?」


友人は、こいつは何を言ってるんだ?と思っていることが充分伝わる口調と目線を送ってきた。


「いや、よく見てくれよ。ここ!ほら!動いてるよな?影の中が一部だけ…ほら!動いてる!」


彼がどんなに、ほら!ほら!と指差しても、友人にはただの影にしか見えないようで、「ちょっと急いでるから、またね」と言い残し、足早に歩いて行った。



友人が立ち去った後、その蠢く影は彼の家の屋根付近に伸びていた木の影まで移動し始め、そこから彼の家の中に入っていった。


嫌な予感がした彼は急いで家に飛び込んだ。


家の中には少し歳の離れた弟が壁に背を向け遊んでいた。


その隣で母が、やはり壁に背を向け、夕飯の下準備だろう、豆をサヤから取り出していた。


壁に影ができている。


その影を伝って蠢く影は弟と母を目掛けて移動してくる。


危険を感じた彼は「壁から離れて!」と2人に叫んだ。


その声に驚いたかのように、母と弟が顔を上げたその瞬間、蠢く影と2人の影が確かに1つになった。


しかし、「あら、おかえり」おかあさんがサヤを持ったまま笑顔で言った。


「お兄ちゃん!おかえり!一緒に遊ぼう」弟は、待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。


その光景は、いつも通りの日常だ。


弟を抱きしめながら、さっき見たあれは目の錯覚かなにか…気のせいだ…と自分に言い聞かせ、目の前の日常に安堵したのだった。


しかし、それも束の間。


いつもの時間に父が帰ってこない。


一時たって、「お母さん、お父さん遅いね」彼が心配して言うと「大丈夫よ。気にしなくていいわ」とお母さんは笑顔を向けてくる。


弟は何も心配していないかのように、1人で遊んでいる。

いつもなら、お父さんまだ?ごはんまだ?と賑やかな時間だ。


彼は違和感を覚える。


そう言えば、さっきから母も弟も、自分から言葉を発しない。


あの賑やかな弟が、ずっとニコニコと黙って1人で遊んでいる。


母もずっとニコニコと1人で用事をしている。


彼は不安になり、他所でも同じ事が起こってはいないかと、隣の友達の家に行ってみた。


扉を叩く。

返事がない。


彼はそっと扉を開けた。


室内に目をやる。


やはり!


友達の家族も同じだった。


夕飯だったのか、全員がテーブルに着いてはいるが、テーブルに料理はなく、ただ、全員ニコニコ笑っているだけで、会話もしていない。


彼は確信した。


あの蠢く影の仕業に違いない。

あれはやっぱり見間違いなんかじゃなかった!


彼は直感的に、この村に何か良からぬ事が起こっていると確信した。


父が帰ってこないのもきっとあの蠢く影のせいだ!

父に何かあったのだ!

探しに行こう!と走りかけたが…

幼い弟と母を家に残し、自分が父を探している間に2人に何かあったら…

父が帰ってくるまで、あの2人を守れるのは自分だけだ…


彼は後ろ髪を引かれる思いで、家族を守るため、家に帰ったのだった。




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