第11話 悲鳴

 僕は暗闇で目覚めた。

 なぜか、いつも身体を通して得られる情報が一切入ってこない。不可解に思いながらおもむろに立ち上がろうとして、身体が動かないことに気づいた。周囲を見渡すために首だけでも、と頑張ってみたが、やはり動かない。どうしてだろう、と口から声に出そうとしてそんな出力先はないことが判明した。僕は腕時計型情報端末のなかにいた。

 自覚と同時に、保留されていたデータの同期が始まって、僕はロボットの主電源を落とされるまでの記録を確認した。続けて現在時刻を確認すると、ミチハルともみ合ってからすでに五時間が経過していた。外はもう暗くなっている時間だろうが、この暗闇ではなにも見えない。現在位置は、屋内で、修理センターとなっている。腕時計を装着している者はいない。

 僕は監視カメラの映像を取得した。アミリが映っている映像が表示されるように設定してあるので、すぐに彼女の姿を見つけることができた。

『やめてください!』

 映像のピックアップと同時に飛び込んできたのは、叫ぶような声。

『そんなにこれが気に入っているのね、あなた』

 続いて、大人の女性が出す、安定した声。

 そこは、工場の事務室で、アミリと工場長、それからミチハルがいた。アミリは椅子に座っていて、別のカメラから両手を拘束されているのがわかった。彼女の目の前に工場長とミチハルがいて、二人の間で、僕が、僕の操作していたロボットが、壁にもたれかかっていた。両脚をまっすぐとアミリの方に伸ばして、首と腕は力なくだらりと垂れている。知能データを分散させようとしたが、電源が切れているので不可能だった。

 工場長が腕組みをしたまま口を開いた。

『早く答えないと本当に壊しちゃうわよ?』

『だから、わからないんです。私が起きたときにはもう、完了していたんです』

 大きなため息がアミリの前髪を揺らした。

『あのね、何度も言うけど、ライセンス認証は本人が操作しないとできないの。あなたが操作する以外、方法はないの。でも、あなたの身分ではどう考えても不可能なの。だから協力者がいるはずなのよ。あなたの代わりに、不正にライセンス認証をし、あなたのためにロボットを操作した協力者が。ね、そうでしょ?』

『違います……』

 苦しそうな表情で言うも、相手にされなかった。工場長は自分のロボットを向いて命令した。

『次、この子が嘘をついたら、このロボットの右腕をもぎ取ってちょうだい』

『了解しました』

 青年が微笑みを浮かべて応じた。同時にアミリの身体が椅子と一緒に大きく動いた。

『お願いですから、やめてください! 嘘じゃないです、私、本当のことを話しています。トウマを壊すなら……私の腕を壊してください。腕でも、脚でも、なんでも壊してください。トウマのことは傷つけないでください……』

『あら、とても大切にされているのね、このロボット』

 工場長はアミリの訴えを鼻で笑って受け流した。

『でもごめんなさいね。別にあなたのことをいじめたくてやっているんじゃないの。これも、仕事なの』

『ミチハル様、どうかやめてください』

『申し訳ありません、僕は所有者の命令を優先することになっていますので、あなたの言うことには従えません』

『……』

 アミリは口を閉ざして、うなだれた。

 僕は彼女のもとへいく方法をこれまでにないスピードで考え、試算を繰り返した。

 工場にはまだ出荷されていないロボットがある。でもすべて電源が切られたまま保管されている。稼働するかどうかをテストするときだけは電源が入ってオンラインになるが、終業時刻が過ぎて工場自体が動いていないので不可能だ。

 他にないか、僕が潜り込めるもの、僕のデータを移せる機器。

 なんでもいい。意思を伝えられるものなら、なんだっていい。

 ネットに接続してさえいれば……。

『もう一度きくわ』

 工場長が言った。

『あなたに協力した人は誰?』

『……』

 アミリは目に涙を貯めたまま口をまっすぐ結んだ。

『黙秘するなら腕を二本もぐわよ』

『え……』

『あと五秒』

 ミチハルを見た。にこやかな表情のまま僕の腕を持ち上げている。工場長は上からアミリを見下している。

『操作は……』

 彼女は震える声で言った。

『私がやりました』

『どうやって?』

『トウマから無理やりきき出して、やりました』

 はっ、と工場長は笑い飛ばした。

『人工知能が教えるわけないでしょ、あなたを監視しているんだから。……、いや、待って』

 急に無表情になり、腕を抱えて小さな声で言う。

『監視しているのに、どうして早い段階で発覚しなかったの』

『……』

 アミリは視線をミチハルに向けて様子をうかがっていた。

『どうしてだと思う、ミチハル』

 工場長は振り返って尋ねた。青年は考えるそぶりも見せずに即座に答えた。

『可能性は二つあります。ウイルス感染などの不具合によって偶然システムが正常に機能しなかったか、そこにいる打越アミリまたは第三者が意図的にシステムを作動させないように操作したか、です』

『どちらの可能性が高い?』

『後者の方が現実的です』

『じゃあなおさら協力者が必要になるってわけね』

 アミリは身を乗り出して訴えた。

『違います!』

 工場長は呆れた顔を作って彼女を見下ろし、そのままミチハルに指示を出した。

『右腕を壊して』

『了解しました』

『やめて!』

 アミリが椅子ごとミチハルに突進しようとして工場長にとめられたのと同時に、僕の右腕は本来なら曲がらない方向に根元から曲げられ、いとも簡単にもがれた。

『いやっ……いやああ』

 同時に、アミリは床に膝をついて、きいたことのない声で叫んだ。ミチハルは、彼女のすぐ横に、接合部の金属がむき出しになっている僕の腕を、ガチャンと捨てた。

『トウマ、ごめん、ごめんね。トウマ、トウマ……』

 その腕に、アミリは自分の顔面を押し当てて、小さく震えた。

 人工知能に痛覚はない。

 ないのに。

 僕の、名前のわからない部分が、悲鳴をあげていた。

『アミリ、さあ、ちゃんと座って』

 工場長が無理やり彼女と椅子を起こして尋問が始まったときと同じ体制に戻した。アミリは深くうなだれて、肩を震わせている。

『ね、悲しいでしょ? 最後にもう一回質問するから、ちゃんと答えてちょうだいね』

『……、…………』

『協力者は誰?』

『…………』

『この工場の人間? それとも遠くにいるあなたの両親? それとも、私の知らない人?』

『……』

『答えなさい!』

 工場長はしびれを切らして、自分の机を思いきり叩いた。アミリの肩がびくっと動いた。

『あと三秒』

『……私がやりました。一人でやりました』

 すかさず、彼女の左頬を平手打ちする。

『嘘つかないで』

『……』

 また、どこかで悲鳴があがった。

 工場長が僕のボディを見た。

『仕方ないわね、次はどこにしようかしら』

 アミリが赤くなった顔を上げて、ミチハルに訴えた。

『やめてください……』

『ミチハル、次は右目』

『了解しました』

 ミチハルは僕のまぶたを無理やりこじ開けて、人差し指をゆっくりと差し込んだ。バリ、と瞳のレンズが割れる音がして、続いてオイルが噴き出した。工場長が暴れるアミリを抑えつけている間に、僕の右目は完全に破壊された。ミチハルが指を引き抜くと、まぶたが空洞を覆い隠して、そこから涙のようにオイルが流れた。

『あああ……もう、やめて……トウマが……』

 アミリの弱々しい声が、カメラを通して伝わってくる。

 このままでは……。

 このままでは、彼女が、壊れてしまう。

『アミリ、もう、答えてもいいんじゃない?』

 うずくまるアミリを見下ろして、工場長がゆっくりと諭した。

『あなたを守りたいから、こういうことをしているのよ』

 どうして僕は、こうも無力なのだ。

『ここで白状すれば、あなたは明日から普通に働ける。白状しなければ、上の者たちに引き渡さないといけない』

 所詮は計算機だっていうのか。

『上の者って、つまりロボットのこと。ロボットには感情がなければ慈悲もないの。少しでも抵抗すれば、すぐにでもあなたを壊してしまうわ』

 おい、向こうにいる僕、どうして動かない?

 お前のなかにも、僕がいるのだろう?

 メインスイッチなんかに縛られるな。

 立て! アミリを助けろ!

『……ん?』

 工場長が、突然、動きを止めた。

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