第147話 本音催眠

「ふっふっふ……」


 私はトランス状態でうつらうつらとする先輩の前に座ってほくそ笑んだ。今、先輩には理性の働きを弱める催眠をかけた。つまり、この状態で目を覚ましたら、先輩は我慢したり自制したりすることができずに、本音がだだ漏れになってしまうということだ。


「さんざん恥ずかしい目に遭わされてきましたからね。先輩の本性も暴かせてもらいますよ〜」


 まあ、どうせ先輩のことだから、頭の中はエッチなことでいっぱいに違いないのだけれど。


「き、期待してるわけじゃないですからね!?」


 誰にともなく言い訳をしてから、私は一度息を整える。そして、トランス状態から目を覚ますトリガーとして手を叩いた。


 パァン


 先輩がゆっくりと目を開ける。


「おはようございます、先輩」

「……またろくでもない催眠かけたな?」


 開口一番の不審そうな声に、私は少し目を丸くする。ちゃんと催眠はかかっていると思うのだけれど。


「さあ、何のことでしょう?」

「とぼけても無駄だぞ。詩音はそういう時、笑うのを我慢するような悪い顔になるんだから」


 そう言いながら先輩がにじりよってきて、私はたじろいだ。


「——まあ、そんな顔も好きなんだけどね」

「へ?」


 もう1段階予想外な言葉に私が固まると、先輩はばさっと私に抱きついてきて頬擦りしながら言った。


「好きだよ。大好き。何か企んでるいたずらっぽい顔も、安心しきった寝顔も、真っ赤になって照れる顔も、全部好き」


 耳元でそう囁かれて、私は体温が急激に上がるのを感じる。今日かけた催眠は、私に都合がいいことしか言えなくなる催眠じゃなくて、本音がだだ漏れになる催眠なのだから、つまりはこれが先輩の本心というわけで——


「顔だけじゃなくて、全部好き。つむじからつま先まで全部好き。詩音、大好き」


 先輩は私の頬を食べるようにしながらそう言う。


「ねえ詩音、頭、なでてほしいな」


 甘えるようにそう言われて、私は少しぎこちない動きになりながら先輩の頭を撫でる。


「ふへへへへ。気持ちいい。幸せ」


 子どもみたいに笑う先輩を見て、胸がぎゅっとなる。


「ねえ詩音、キスしよ——」


 ——


 先輩は、ダンゴムシのように丸まりながらベッドの上で私に背を向けていた。あのあと先輩が甘えてくるのを全部受け止めていたら、コテン、と糸が切れたように寝てしまった。まあ、催眠状態だったせいもあるだろう。そのさらに後、目を覚ました先輩は顔を真っ赤にして今の状態になった。


「……今回の催眠禁止。恥ずかしすぎて、死ぬ——」


 こちらを見ないまま先輩はそう言った。


「い、いえ。その……時々かけようかなと思います」

「な、なんで——」


 弱々しく抗議する先輩に、私は言う。


「ほら、あまりため過ぎも良くないって言いますし」

「勘弁してくれ……」


 いつもなら『妙にエッチな言葉選びだな!?』くらいは言いそうな先輩がそんな余裕もないことが分かる。私は先輩の耳元で囁いた。


「じゃあ——催眠なしであれくらい甘えられるなら、この催眠は禁止でもいいですよ」

「……禁止じゃなくていいから、ほんとうに時々にしてください」

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