第143話 筋トレ催眠2

 パァン


「先輩、筋トレをしてください」

「……は?なんで?」


 呆気に取られて俺が聞き返すと、後輩の詩音はむっとした顔で言った。


「なんではこっちのセリフです。先輩、ちょっと目を離した隙になんで肥えてるんですか。これだからインドア派は」

「そこまで言われるほどじゃなくないか!?」


 確かに、夏から比べると2、3kg程度増えてはいるが、これは季節性の誤差の範囲だろう。


「とにかく、今日は先輩は筋トレをします」

「なんか、筋トレにはろくでもない思い出があるような——」


 回想しようとする俺に割り込むように、詩音が畳み掛ける。


「ぐずぐず言わないでください。ちゃんと補助してあげますから」

「んっ!?」


 詩音の発した言葉に、俺は思わず息を呑んだ。そんな俺を見て、詩音はからかうように目を細めて言う。


「どうしたんですか〜?先輩、そんな真っ赤になっちゃって」

「うるさい」


 顔を背けながら、俺は立ち上がる。


「で、筋トレって何をするんだ?」

「お?私が『ちゃんと補助する』って言った途端、先輩前のめりですね。——先輩のえっち」

「そういうわけじゃないから。どうせ筋トレするまで聞かないんだろ」


 俺は顔を背けたまま、上がりかける息を意識的に抑えながら言った。


「ふふっ、そういうことにしておいてあげましょう。まずはスタンダードに、腹筋、腕立て、背筋、スクワットを1セットからいきましょうか。最初は腹筋ですね。先輩、仰向けになって待っててください」


 言われるがままに、俺は頭の後ろで手を組んで仰向けになる。微かに衣擦れの音が聞こえる。


「はい、先輩。まずは30回行きましょう」


 立てた膝に腕を回して、脛をお腹に押し付けるようにして脚を押さえながら詩音が言った。


「ふんっ」


 俺は短く息を吐いて、ゆっくりと上体を起こした。膝の上で待ち構えていた、詩音の形のいい胸がふよん、と顔に触れる。心拍数が急激に上がるのを感じながら、俺は身体を倒してもう一度起き上がる。ふよん、ふよん、ふよん——


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「ほら、やっぱり運動不足じゃないですか。たった30回でそんなに息が上がるなんて」


 腹筋を終えて仰向けで荒く息をする俺を見て、詩音が呆れたように言った。


「休むのはまだ先ですよ。次は腕立てですから」


 急かされて、俺は鈍い動きで腕で身体を支える姿勢になった。詩音は、腕の間に入り込んで、俺の顔の下に胸をセットする。


「では、腕立ても30回」

「っ……!」


 詩音の合図で腕を曲げる。しっかりと詩音の胸の谷間に顔が挟まるように、腕を深く曲げないといけない。


(なんか、きつい……!)


 久しぶりにやるけれど、腕立てとはこんなにきついものだっただろうか。腕だけではなく、胸筋あたりも使っている気がする。何か違和感があるけれど、1回ごとに顔を覆う柔らかな感触と筋肉の疲労で頭が回らない。


「だっはぁっ!!」


 30回を終えて、ゴロンと転がるように倒れながら俺は息を吐いた。


「次、は、背筋?……詩音?」


 返事がないことに訝しんで、俺は首を起こして詩音の方を見た。詩音はのっそりとした動きでベッドには入って頭だけ出した。


「え?詩音?背筋とスクワットは?」


 俺が戸惑っていると、詩音は俺に背を向けて寝転がったまま布団から右手を出して——


 パチン


 指パッチンをした。俺は目を丸くする。よく見ると、詩音の耳は真っ赤だった。


「バ カ だ !!」


 俺は思わず叫んだ。催眠が解けて混乱がさらに大きくなる。今日の催眠は——まあそういう催眠なのだけれど、意味が分からない。


「詩音、いったい何がしたかったんだ!?」


 男女逆なら、まだありそうな話なのだけれど。


「じ、自分でも分かりません。なんか、深夜テンションで思いついたものをそのままやったしまったというか——」


 上擦った声で答える詩音に、俺はため息を吐いた。この後輩のスケベは、いよいよ制御不能になってきているのかもしれない。


 ——それはそれとして、俺は詩音が入った布団の上から押さえつけるようにのしかかった。


「せ、先輩!?」


 仕方ないだろう。こっちは60回も詩音の胸を、顔にふよふよ当てさせられたんだから。

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