第140話 チクタク催眠
パァン
手を叩く音に目を覚まして、柔らかい感触が肌をくすぐるのを感じる。
「……」
私は黙ったまま、現状を確認した。どうやら私はベッドの上で仰向けになって寝ているようだ。裸になった素肌の上に、毛布が一枚かけられている。目は覚めているけれど、首から下はまだ寝ているかのように動かない。
「それで?どうするつもりなんですか、先輩」
私はまだ動かせる首を使って横を向いて、ベッドの横に座る先輩を睨んだ。裸で身動き取れなくされているなんて、ものすごく嫌な予感がする。これだけ無防備な状態ということはつまり、先輩にあんなことやこんなことを好き放題——想像しただけで少し濡れてなんていない。濡れてなんていない。
「考えてみたら、あんまり道具を使う催眠ってやったことがなかったよなと思ってさ」
そう言いながら先輩がスクールバッグの中を探る。私は思わず目を見開いて、動かない身体を震わせる。『道具』。私の脳裏に差し込むやつとか押し付けるやつとか吸うやつとかの禍々しいシルエットがよぎる。抵抗できない私の懇願を嘲笑いながら、先輩が『道具』で私を延々と——
「これです」
「はえ?」
先輩が取り出したのは、小さな置き時計だった。おそらく、そんなに値段も高くないような。
「よいしょっと」
そう言いながら、先輩が私の耳元にその時計を置く。
「先輩?」
「聞こえる?」
そう言われて、私の意識は耳元から聞こえるコチ、コチという音に向かう。
「聞こえますが。……そういえば、時計の音なんて久しぶりに聴く気がしますね。最近はもっぱらデジタルですし」
「今日詩音にかけた催眠は、時計の音を聴くたびに気持ち良くなる催眠だよ」
「……え?」
先輩の言葉に、私は眉間に皺を寄せながら時計の音に耳をすませる。
「……特に気持ちよくはないんですが」
私は不審さを滲ませながらいう。しいて言うなら、時計の音が妙に頭の中で反響するくらいだろうか。私の問いかけに先輩は笑って答えた。
「最初はね?でも、回数が重なるごとにどんどん快感が大きくなっていくんだよ。詩音なら、5分もしたら我慢できないと思うな」
「……なんというか、地味ですね」
私が呆れたようにそう言うと、先輩は吹き出して言った。
「何?もっと過激なのでも期待してた?」
その言葉に、私は顔が燃え上がるのを感じながら反論した。
「そういう意味じゃないです!!ただ、特に気持ちいいわけでもないのに動けないのは暇だなぁと思っただけです!!」
「……たった5分も待てないの?詩音のエッチ」
「だから!!!」
私が気色ばむと、先輩は私の上に毛布越しにのしかかって耳元で囁いた。
「すぐにわかるから、少しだけ我慢ね?」
私は思わず固まる。耳元では時計がコチコチと鳴り続けて、身体の表面にピリピリとした刺激を感じていた。
——3分後。
「——はぁ、はあ」
私は少し荒くなった息で呼吸していた。耳元ではまだ時計がコチコチと鳴り続けている。耳から入った音は頭の中を反響した後、身体を駆け抜けて尾てい骨で跳ね返ってくるように感じる。じわじわと、しかし確かに大きくなる快感は、私の身体を焦らして発情させていくようだった。快感の度合いで言えば、今は胸やふともも、鼠蹊部のような、恥ずかしい場所にギリギリ触れないくらいの場所をフェザータッチで撫でられているくらいの快感。だから喘いだり、絶頂したりというわけではないのだけれど、あと少しでもっと強い快感がくると予期しているような状態。
「どう?気持ちいいでしょ?」
そんな私を覗き込んで、頭を撫でながら先輩が訊ねる。
「あんまり、見ないでください」
枕に顔を押し付けるようにして顔を背けながら、私は言った。自分でも、感じていることがバレバレなことは自覚していた。目はうっとりと半開きになって、だらしなく緩んだ口から熱い息が漏れている。そんなことを考えている間にも、耳元の時計はコチコチコチコチと私に快感を注ぎ込む。
「…………」
先輩は何やら神妙な顔で黙り込んだ。
「先輩……?」
あまりうまく動かない頭で先輩に呼びかけると、
「ふん」
小さな掛け声とともに先輩が私の枕元から置き時計を投げ捨てた。床に落ちた置き時計はカチャンと音を立てて、電池が外れて止まる。私は目を丸くした。
「せんぱ——」
言い終わる前に、先輩の唇が私の口を塞いだ。キスをしながら、先輩の右手はもどかしそうにワイシャツのボタンを外している。私は口元に笑みを浮かべながら、呆れたように言った。
「もう。たった5分も待てないんですか?先輩のエッチ」
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