第132話 ハグ催眠

 パァン


「……ゔ―――!!」


 頭の後ろで手を叩いてトランス状態から目を覚まさせると、後輩の詩音は俺の肩に顔を強く押し付けて唸るような声を上げた。顔は見えないけれど、耳は真っ赤だ。


「そんなに照れること?ただハグしてるだけでしょ?」


 俺は小さく笑いながら、詩音の頭を撫でる。


「分かってるんですよ全部!」


 ガバっと顔を上げた詩音が、眉を吊り上げながら俺に言う。振り払われた手を詩音の背中に添えると、俺は訊ねた。


「分かってるって、何が?」

「先輩の思惑くらい全部分かってるって言ってるんです!もう何度目ですか、このパターン!こうやって催眠で私が先輩から離れられないようにしておいて、頭とか背中とか、太ももとかを撫でたり、唇とか耳とか、私の弱いところにしキスしたりを延々と続けて、『どうしたの?発情する催眠なんてかけてないよ?』なんてすっとぼけながら私の理性をどろどろに溶かして、もどかしい快感に耐え切れなくなった私が先輩におねだりしたら、『詩音のえっち』って耳元で囁きながら、ベッドに押し倒した後一気に奥の奥まで貫いて、快楽のままに先輩を求める私のナカが先輩で溢れるくらいいっぱい注ぎ込むつもりでしょう!!」

「……全部言っちゃったな」


 カクヨムに載せていい長台詞なのか?これは。気を取り直して、俺は小さく咳払いをして、詩音の耳元で囁く。


「……そうだとしたら、どうするの?」


 想像だけで敏感になっているのか、耳に息がかかった詩音はビクッと身体を震わせた。けれど詩音は、俺をキッとにらみつけると啖呵を切った。


「私を甘く見ないでください。そう何度も同じ手が通用すると思わないことです」

「ふぅん?じゃあ、どれくらい我慢できるかな——んっ!?」


 強気な詩音を挑発しようとした俺の口を、詩音の唇が塞いだ。思いがけない展開に目を丸くしていると、水音を立てながら唇を離した詩音が、少し荒く息をしながら言った。


「私がどんなに頑張っても、耐え切ることなんてできませんから。そうなる前に、先に先輩を堕とします」


 潔いのか往生際が悪いのか分からない台詞をいい終わると、詩音はスッと目を閉じて、もう一度唇を押し付けた。今度は、唇を押し分けて詩音の舌が口の中に強引に這入ってくる。


(これは、まずいな)


 詩音の舌先に歯の裏をなぞられながら、半分くらい白飛びした頭で考える。これは、詩音にとっても諸刃の剣のはずだ。であるなら、両手が自由に動かせる分こっちの方が有利なはず。そう考えていると、詩音がちゅぱっと音を立てて唇を離した。口の端からは、唾液が細い糸のように伸びている。詩音は俺の顔を見ると、とろんとした笑みを浮かべて言った。


「先輩、もうお口がふにゃふにゃになってますよ?そんなに気持ちよかったですか?」


 そう言って詩音は、今度は俺の鎖骨にキスをした。鎖骨、首筋、頬へとだんだん上ってくる。俺のことを一生懸命気持ちよくしようとしている詩音が可愛くて、鼓動が早くなるのを感じる。俺が固まっていると、耳元まで唇を寄せた詩音が囁いた。


「先輩。お腹に、先輩の固くなったのがぐいぐい当たってますよ?もしかして、もうエッチな気分になっちゃったんですか?」

「違っ——」


 俺が打ち消すと詩音は小さく笑って、耳に息を吹き込むようにして言った。


「いいんですよ。いっぱいエッチな気分になってください」


 そう言って詩音が耳たぶを吸って、背筋をぞくぞくとした感触が走る。詩音がお腹を、胸を擦り付けるように俺の身体に押し付ける。


(なんとかしないと……)


 俺は荒く息をしながら、右手で詩音の頭を頭頂部から後頭部まで滑らせるようにして撫でた。


「んっ!」


 詩音の口から艶っぽい喘ぎ声が漏れる。詩音は、抱きつく腕にひときわ力を込めると、甘えるように頬擦りしながら言った。


「先輩、気持ちいいです……もっと、してください」

「っ〜〜〜!!」


 詩音の言葉に衝動が抑えきれなくなって、俺は詩音をそのままベッドに押し倒した。それから覆い被さるような体勢になって、むさぼるようにキスをした。そして——


 ——パチン


「自分で催眠をかけておいてこんなに発情するなんて、先輩のエッチ。まあ、“策士策に溺れる”というやつですかね」


 生まれたままの姿で俺に抱きついた詩音が、呆れたように、少しドヤ顔なテンションでそう言った。俺は少し頬を膨らませつつ、目を逸らしながら言った。


「催眠も解いたんだし、そろそろ放してくれない?」

「え?なんでですか?」


 俺の言葉に、詩音はきょとん顔で俺を見上げた。


「なんで、って——」

「ちゃんと先輩の言葉で説明してください」


 そう言われて、俺は一度大きく息を吸ってから言った。


「こうされてると、また『そういう気分』になっちゃうから」


 俺の言葉に、詩音は小さく笑った。


「はい。ちゃんと言えましたね」


 そう言って詩音は、ぎゅーっと強く俺を抱きしめた。

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