第131話 写真催眠
「先輩」
下駄箱で呼び止められて、俺は顔を上げた。
「詩音」
振り返ると、後輩の詩音が立っていた。あまり表情は読み取れないけれど、むすっとしているような気がする。少なくとも楽しそうとか、何か企んでいるといった顔ではない。
「……一緒に帰る?」
戸惑いながら俺がそう訊ねると、詩音は黙って頷いて上履きを脱ぎ始めた。
(なんだろう……?)
胸の中で首を傾げながら詩音と横に並んで歩く。校門を出てしばらくしたところで、詩音の右手の甲が俺の左手の甲をこつんと叩いた。
「……詩音?」
俺が詩音に問いかけると、詩音は黙ったまま目を逸らした。ああ、なるほど。
(手を繋いで下校したいんならそうい言えばいいのに)
そう思いながら、俺は左手で詩音の右手を握る。すると詩音が、指と指の間に自分の指を滑りこませてきた。指と指が擦れる感触に、少しどきりとする。恋人つなぎ、と思っていると
「痛い痛い痛い」
詩音が4本の指の爪をいっぺんに俺の手の甲に食い込ませてきた。見ると、詩音は目を伏せたまま頬を膨らませていた。それから、詩音は手の力を一旦緩めると、くぐもった声で言った。
「先輩……昨日の写真、使いました?」
「あ」
そこでようやく今日の詩音の行動の意味が分かって口をポカンと開けた。それから俺は空いてる右手で頭を掻きながら答える。
「いや、すぐに消したよ。なんか悪いなと思って」
「なんでですか!!!」
「なんか悪いって思ったって言ってるんだけど!?」
食ってかかる詩音に、俺は同じくらいのテンションで反論した。
昨日は詩音に、『寝る前に裸の写真を先輩に送らなければならない』と思い込む催眠をかけたのだった。『裸の写真を送らなければならない』とは思うけれど、『裸の写真を送ることは普通である』と思い込むわけではないので、送られてきた写真の詩音の顔は真っ赤だった。右手に持ったスマホで写真を撮るから、左手と身体の捻りだけで大事なところを隠そうと必死になっていることがわかるポーズで写っていたのだけれど、それが逆にボディラインの曲線を強調する結果となっていた。俺はその写真を見て、自分のベッドの上で心拍数が130BPMになるくらい興奮していたが、写真に写った詩音の心から恥ずかしそうな表情に我に返ってそのまま寝たのだった。
「メールだから読んだかどうかも分からないし、返信も無いし、その上すぐ消したなんて言われたら私の送り損じゃないですか!あんなに恥ずかしい思いをしたのに!」
詩音は胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで俺を詰る。
「……おかずに使って欲しかったの?」
俺が気圧されて思わずポロリとそう言うと、詩音は湯気が出そうなくらい真っ赤になって叫んだ。
「そんなわけないじゃないですか!先輩の変態!!」
……どうしろというのだ。どうしろというのだ。
「とにかく、今夜改めて送りますから、先輩は正しく反応してください。リベンジマッチです」
「……」
そんな爆弾予告をしながら、帰り道を進んでいく。詩音が繋いだ右手は、詩音の家の前に着くまで俺を離すことはなかった。
それから数時間後、詩音から画像を3枚添付したメールが届いた。1つは昨日の写真、もう一つは、今日撮り直したであろう写真。おそらく家に着いてから我に返ったのか、掛け布団から裸の肩までだけしか写っていない写真になっている。こっちの写真でも1枚目と変わらないくらい興奮できるから不思議だ。そして3枚目は、裸の上に俺のブレザーを羽織った写真だった。
『待って』
俺はそう返信した。
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