第121話 媚薬キス催眠

 パァン


 手を叩く音に目を覚ますと、いつもの通り後輩の詩音が笑みを浮かべて正面に座っていた。


「それで……今日の催眠は?」


 さっきまでトランス状態になっていた間に、詩音が何かしらのエッチな催眠をかけているはずだ。俺の問いかけに、詩音は意味深な笑みを浮かべながら自分の唇を指差して言った。


「先輩、いつもと違うのわかりませんか?」

「……?」


 そう言われて、視線が唇に吸い寄せられる。わずかにすぼめられて、まるでキスをせがんでいるように見える。心なしか、いつもよりハイライトが強いような。あまりまじまじと唇を見たこともなかったせいか、勝手に鼓動が少し速くなる。


「ふふっ、先輩、見るだけでもうちょっとドキドキしてません?」


 唇に意識が向いている間に、いつのまにか詩音が膝の上に座っていて俺は目を丸くした。詩音はそのまま俺の首に腕を回して、優しく甘噛みするように耳たぶを吸った。


「!?」


 唇の熱さとぞくぞくするような快感に、俺は思わず身体を震わせる。詩音は耳に唇を押し付けたまま、ゼロ距離で囁く。


「今日かけた催眠は、先輩にとってキスが媚薬になる催眠です」


 そう言って詩音は、唇で耳をもて遊びながら俺の胸の真ん中あたりを右手で撫でて、押さえつける。


「ほら、先輩。耳にキスされただけでこんなにドキドキしてるじゃないですか。まあ、先輩、お耳よわよわですしね」


 詩音は少し馬鹿にしたように笑って、それから両手で俺の頬を押さえて、正面から向かい合う形になる。


「先輩、耳だけでこんなにドキドキしてしまう媚薬キスを、唇に直接されたら先輩はどうなってしまうんでしょうね?ふふっ、きっと発情して、我慢できなくなってしまいますね?」


 小悪魔のような表情でそう言った詩音は、すっと目を閉じて顔を寄せて、唇を重ねる。柔らかく湿った感触。熱い幸福感が背骨を走る。むさぼるように唇が激しく動き、詩音の舌が這入ってくる。舌先が触れ合う。詩音が俺の頭を、頬を、首筋を撫でる。それから、ズボン越しに『それ』を。


「ふふっ、先輩、もうこんなに硬くなってるじゃないですか。先輩のエッチ」


 キスの息継ぎに唇を離して、詩音は小さく笑いながらいう。俺は熱い息で荒く呼吸する。そんなあ俺に、詩音が耳元で囁く。


「今なら、まだ催眠を解けますよ。どうしますか?」

「……いい、やめないで」


 俺は半ば無意識に、詩音の腰に回した腕に力を込めて、甘えるように抱き寄せた。俺の反応に詩音は満足気な笑みを浮かべていう。


「ちゃんとおねだりできて、えらい、えらいですね」


 そう言って頭を撫でながら、詩音がキスを再開する。身体から力が抜けて、後ろに倒れる。覆い被さられるような体勢で、口移しで媚薬を注ぎ込まれるようなキスが続く。恍惚としているうちに、詩音の手が身体を這って俺の服がはだけていく。


「——先輩のここも、媚薬漬けにしてあげますね」


 ——


「先輩のエッチ。いくら催眠のせいで興奮してるからって、あんなことまでするなんて」


 ベッドの上で腕枕をされながら、笑いを含んだ声で詩音が言った。


「…………」

「じゃあ、そろそろ催眠を解かないとですね」


 そう言って詩音は身体を寄せて俺を上目遣いて見つめる。


「——と言っても、今日は特に催眠なんてかけてないんですけどね」

「……え?」


 俺が短く疑問の声を漏らすと、詩音は堪えるように笑いながらいう。


「だから、今日先輩があんなに発情してたのは——催眠の効果じゃなくて、先輩自身のものなんです。先輩の、エッチ」

「……まあ、薄々勘づいてはいたけどな」

「……え?」


 俺がぼそりとそう言うと、今度は詩音の頭に疑問符が浮かんだ。俺はもう片方の腕も詩音の背中に回して、軽く抱くような体勢になりながら言う。


「『媚薬』なんて言われたら、『媚薬なんて使ってない』って言われるのを警戒するだろ。俺だったらそうするし」

「じゃ、じゃあなんであんなに激しく……」


 戸惑う詩音が逃げられないように抱き寄せながら、俺は言う。


「あんなキスされたら、催眠なんてかかってなくても我慢できなくなるに決まってるだろ」


 俺の言葉に詩音は目を丸くして、目を泳がせた。俺は小さく笑う。直後、目をぎゅっとつぶった詩音が俺の唇に唇を押し当てた。今度は俺の目が丸くなる。すぐに唇を離した詩音は目を逸らしている。


「……おかわり?」

「ちが、ちがいます!その……ほんとに催眠にかかったと思い込んでいたわけじゃなくて、キスだけで先輩が発情するのかその確認を——」

「もっと」


 俺は短くそう言って、詩音の唇をふさいだ。

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