第119話 報告催眠

「…………」


 右手の4本の指にトイレットペーパーを5回くらい巻いて、口をへの字に曲げながらトイレからでる。それから自分のベッドに横たわって、何度か大きく深呼吸をした。それもこれも原因は詩音にある。


 今日の詩音は何か妙だった。俺に何かの催眠をかけたあと、お互いに裸になって抱き合うところまで行ったのに


「ダメですよ。今日はエッチなことはしません」


 と言いながら1時間くらいキスをして、そのまま帰らされたのだ。


 思い出しながらため息を吐いて、俺は通話アプリをスピーカーモードで起動する。


『こんばんは、先輩』

「……こんな遅い時間にかけたのに、なんか嬉しそうだな」

『あれ?声に出てました?先輩の声が聴けるなら、私はいつでも嬉しいですよ』


 照れ臭いようなセリフを飄々と吐く詩音に、俺の胸に疑念が首をもたげた。もしかして、今日の詩音は初めからコレが狙いだったのでは?つまり……焦らして焦らして、自分でせずにはいられなくすることが。


『それで、先輩はどうしたんですか?先輩も、私の声が聴きたくなったとか?』

「そんなわけないだろ。……オ○ニーするから連絡しただけ」


 詩音にいいようにされているようで、俺はぶっきらぼうに答える。スマホの向こうの詩音は、微笑んでいるのが分かる声でいう。


『ふふっ、内緒でしないで、ちゃんと報告してくれたんですね。先輩、えらいです』

「別に。普通のことを褒められても嬉しくない」


 そう言って俺は、スマホからぷいと顔を背ける。これだから自分でするのが嫌だったんだ。


『そうだ。ビデオ通話にしなくても大丈夫ですか?』

「はあっ!?なんで!?」


 詩音の言葉に俺はたじろぐ。詩音は、さもいいことを思いついたとばかりに続ける。


『ほら、ビデオ通話なら胸くらい見せてあげられますし、何より先輩がイクところを見ててあげられるじゃないですか』

「っ〜〜〜!!!」


 バカかお前はと叫びそうになって、言葉が詰まる。


『なんて。先輩、恥ずかしいですよね。今日のところは声だけにしておきましょうか』


 詩音が前言撤回して、俺はほっとため息を吐く。ただ、なぜかほんの少しだけ残念な気もした。


『ほら先輩。もうしこしこしていいですよ。先輩とならいつまででもお話しできますけど、明日も起きなきゃですから』

「お、おう」


 詩音に急かされて、俺はスマホを枕元に置いて横になる。それから、パジャマのズボンとパンツを一度に太ももまで下ろした。


「…………」


 黙ったまま、握った手を上下に動かす。呼吸が荒くなっていく。


『先輩?気持ちいいですか?』


 俺の息遣いが聞こえたのか、スマホの向こうの詩音が訊ねる。


「……別に」


 本当のことを言えば、詩音に聞かれているだけでいつもより芯の部分が熱いような、快感が強いような気がしていたのだけれど、素直に言う義理もないだろう。


『それなら、私も先輩をお手伝いします』

「……手伝い?」


 言葉の意味が分からずに、俺は聞き返す。スマホの向こうから息を吸う音が聞こえる。それから


『んっ!んっ、はぁっ!あっ!はぁ、はぁ……先輩の、入っちゃいました』


 詩音の甘くも苦しげな声が聞こえた。


「詩音?」

『先輩が私とエッチしてるつもりになれるように、エッチな声を聞かせてあげますね。んっ!私の声で、はぁ、いっぱいエッチな気分になってください』


 喘ぎ声混じりに詩音が話す。悔しいが、それだけで確かにソレがさっきまでより遥かに硬くなっているのを感じる。


『はぁ……先輩がちゃんとピュッピュできるまでお手伝いしますから、出そうになったらイク、イクって言って教えてくださいね?』

「……分かった」


 俺の返事に、詩音が電話口でうなずく気配がする。それから詩音がもう一度息を吸い込んで、甘えたような声を上げはじめる。


『あぁん!先輩、せんぱい!』


 声に合わせて、俺はピストン運動を再開する。


『あんっ!せんぱい、そこっ!んんっ!あぁっ!いいっ!先輩の、気持ちいいところにあたってぇ!はぁん!あぁっ!しゅきぃ!』

「ック!イクっ!イク!」


 先端にあてがったトイレットペーパーに、熱く湿った感触が広がる。


『ふふっ。先輩、ちゃんとイクイクって言いながら出せましたね。いい子いい子』


 まだ少し荒い息が混ざった声で詩音がいう。俺は半ば照れ隠し気味に頬を膨らませてそっぽを向いた。


『どうですか?ちゃんと欲求不満は解消できましたか?もう一回しますか?』

「大丈夫。ありがとう」


 すっと冷めた頭で俺は答える。


『よかったです。じゃあ、通話切りますね。おやすみなさい、先輩』


 パチン


 最後に指パッチンの音を残して通話が切れる。


「っ〜〜〜〜!?!?」


 俺はさっきまでかかっていた『オ○ニーする時は恋人に報告しなければならないと思い込む催眠』を認識して真っ赤になった。怒鳴りつけようにも、詩音は通話の切れたスマホの向こうだ。

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