第118話 雨音催眠

「ふぅ……。ちゃんと傘は差してても、どうしても濡れてしまいますね」


 そう言いながら詩音が、つま先を摘んで靴下を脱ぐ。カーペットの上に白い素足が置かれる。


「まあ、梅雨だから仕方ないとは思うけど」

「そうは言っても、これだけ長いこと雨が続くと気が滅入りますよ。なにかしらがカビてしまいそうな気分……」


 ため息混じりに言う詩音を見て、俺の脳裏に催眠のアイデアが浮かぶ。


「そうだ。今日はそういう催眠にしてみようか」


 ——パァン


 手を叩くと、詩音がトランス状態から目を覚ました。


「先輩?どんな催眠を思いついたんですか?特に何も変わってないと思うんですが……」


 不審そうにする詩音を見て、俺は自分の顎に手をやりながら考える。


「この状態だとちょっと弱いのかな?」


 それから俺は詩音のベッドの上に立って、窓の鍵に手をかける。


「詩音、窓開けてもいい?ちょっと雨が入ってきちゃうと思うけど……」

「窓が催眠に何か関係あるんですか?別にいいですけど」


 詩音の返答に俺は頷いて、鍵を開けて窓を少しだけ引く。部屋の中に雨音が反響する。見下ろしてみると、詩音が口を微妙な感じに曲げながら、小さく身体をくねらせていた。


「先輩、これは——」

「聴覚と触覚をリンクさせて、雨音を聞くと快感を感じるようにした。気持ちいい記憶と結びつけば、雨の日ももう少し好きになるかもしれないだろ?」

「なんというか——地味ですね」


 呆れたような声音で言う詩音に、俺はベッドから下りながら小さくため息をつく。


「雨音なんてひっきりなしなんだから、それくらいでちょうどいいだろ?1つ雨音を聞くたびに絶頂するようだったら大変なことになるんだから」

「でも、こんなに弱いとなんというか……もどかしいような——」


 わずかに頬を赤くしながらそう言う詩音に、俺は小さく笑って耳元で囁く。


「もっと強い刺激が欲しいの?詩音のエッチ」

「なっ!!そんなこと言ってません!!」

「あははは!」


 今度は真っ赤になった詩音に、俺は笑って詩音の正面に座り直そうとする。だが、ワイシャツの正面を詩音が両手で握っていて離れられなかった。


「詩音?」


 俺の問いかけに、詩音は俯いて目を逸らしながら言う。


「言ってません。言ってませんけど、その……言ってない、だけです」


 詩音の耳は真っ赤になっていた。俺は少し目を丸くしてから、詩音の頬に手を添わせて上を向かせる。それからもう一方の手で後頭部を引き寄せて、詩音と唇を重ねる。詩音は身体をわずかにピクンピクンと震えながら、俺の舌に舌を絡める。

 今日の催眠はそれ自体の快感は小さかったとしても、絶えず全身をフェザータッチで愛撫されているようなものだ。『そういう欲求』がいつもより大きくなっても不思議はないだろう。


 抱きしめて、頭を撫でながらキスをしてから、ベッドの上に詩音を仰向けに寝かせる。それからボタンに指をかけて、詩音の服を脱がしていく。詩音は恥ずかしそうに口元を手で隠しながら顔を逸らしているが、抵抗はしない。こうしている間にも、雨音が彼女の身体を愛撫する。ファスナーを下ろしてスカートを脱がせると、水玉のパンツには雨によるものではないシミが既にできていた。


 俺は詩音にのしかかるように身体を伸ばして、もう一度詩音と唇を重ねる。詩音は恥ずかしそうな、不満げな表情をしていたけれど、俺の唇を受け入れて、背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。俺は今度は自分のワイシャツのボタンに指をかける——


 弁解させてもらえるなら、予想できなかったのだ。


 直後にゲリラ豪雨で、瞬間降水量が1分前の20倍になるなんて。


「っ〜〜!!!あぁっ!!あああぁ!!あ゛っ!!」


 腰を大きく反らせながら、詩音が悲鳴のような嬌声をあげる。


 ——せっかく傘を差して家まで来たのに、ふたりともずぶ濡れになってしまった。

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