第116話 キス催眠

 パァン


(こ、これは……!)


 トランス状態から目を覚ますと同時に襲い掛かる激しい衝動。勝手に動きそうになる身体を両手で抱き抱えるようにして押さえる。私が顔を上げると、私にこの催眠をかけた先輩が口元に微笑みを浮かべながら言った。


「いいよ、詩音。おいで」

「!?」


 その言葉に押さえが効かなくなった私は、飛びかかるように先輩に抱きついて、先輩の唇に唇を押しつけた。


『キスがしたい』


 私の頭を埋め尽くしていたのはそれだけだった。キスがしたい。いつもしたくないわけではないけれど、今日のこれは明らかに異常だった。つまり、今日先輩がかけた催眠がこれなのだ。『キスがしたくてしたくてたまらなくなる催眠』。


(こんな催眠かけるなんて——)


 そんな思考が一瞬頭に浮かぶが、すぐに押し流されてしまう。キスしたい。キスしてる。唇から伝わる先輩の唇の感触を余すことなく味わう。熱い息を交換する。求めれば求めるだけ先輩は応えてくれる。舌を捻じ込めば舌を絡めてくれる。ぎゅっと強く抱きしめれば同じくらい強く抱きしめ返してくれる。むさぼるように先輩の唇を求める私を、全部受け止めて優しく頭を撫でてくれる。胸がぎゅっと締まって、頭の中が真っ白になるくらい幸せ。先輩の両手が服の中に入ってきて、私の胸を揉む。


「んっ!」


 私は短く喘ぎ声を上げる。服の中で先輩の手が私のブラをずらして、敏感なところを指先で弾く。長いキスで身体が敏感になっていたせいか、気持ち良すぎて私は腰を引いてしまう。それから私は先輩に応じるように、剥き出しになった先輩の鎖骨を撫でながらワイシャツのボタンを外して——


 ——


 パチン


 催眠を解く指パッチンが聞こえて、3秒くらいしてから私は先輩の上から転がり降りた。余韻を楽しんでいたわけじゃない、すぐに動く気にならないくらい身体が疲れていただけだ。


「先輩のエッチ」


 頬を膨らませながら私はいう。


「別に俺は——」

「『キスしたくなる催眠しかかけてない』って言うんですよね。分かってますよ、そんなこと。でも、先に胸を揉んできたのは先輩ですからね?」


 小さく笑いながら反論しようとする先輩に、私はぴしゃりという。それから小さく噴き出した。ああ、だめだ。不機嫌なフリもできないくらい幸せだ。さっきまでの先輩の優しい手の感触を、頭が勝手に反芻してしまう。私が頬を膨らませていたのは、そうでもしないと頬が緩むのを抑えられないからだった。私は強がるのを諦めて、いたずらっぽい笑みを浮かべると、甘えるように先輩の腕に頭を置いて先輩に言った。


「ねぇ、先輩。——さっきの『いいよ、おいで』ってセリフ、もう一回言ってくれませんか?とってもかっこよかったので」

「!?……言わない」


 私の言葉に、先輩は耳を赤くして顔を背ける。うん、これくらいの反撃は許されるだろう。


「え〜?先輩が自分から言ったんですよ〜?」


 からかうようにそう言いながら、私は先輩に身体をぴったり押し付ける。


「だからといって何度もは言わないから」

「いいじゃないですか。もう一回、もう一回」


 半ばのしかかるような体勢になりながら、私は先輩の耳元で、囁き声で囃し立てる。


「……いいよ、詩音。おいで」

「ひぅっ!」


 突然向き直って言った先輩の言葉に、私はビクッと固まる。それをみた先輩の口角がわずかに上がる。私はまた頬を膨らませながら、ゆっくりと先輩に抱きついて、胸に顔を擦り付けた。そんな私の頭と背中を、先輩が優しく撫でる。ああ、やっぱりだめだ。

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