第114話 ポリネシアン催眠

「せんぱい、これ、カクヨム的にまずいんじゃ……」


 熱い息の混ざった声で、後輩の詩音がいう。ベッドの中、裸で抱き合った身体も息と同じくらい熱を持っている。


「知らないよ。運営に怒られたら欠番にすればいいだけだろ。それに……」


 言いながら俺は、詩音の身体を抱き寄せる。


「俺はもう我慢できないけど、詩音はできるの?」


 耳元で俺が囁くと、詩音はどこか陶然とした表情で俺を見上げて言った。


「せんぱい、いじわるです——」


 その言葉に俺は耐えきれなくなって、唇を強く押し付けるようにしてキスをした。

 ことの発端は、5日前に遡る——。


 ——


「先輩!ポリネシアン○ックスって知ってますか?」

「ぶーーーっ!!」


 大型連休初日、いつもの詩音の部屋で元気よく言った彼女の言葉に、俺は口に含んでいた紅茶を勢いよく噴き出した。


「先輩?何ですかその反応は?別に面白いことなんて言ってないんですが——」


 そこまで言って詩音は、はたと気づいた様子で目を丸くすると、庇うように自分の身体を抱きながら、顔を真っ赤にして言った。


「もしや先輩、私としようと思ってポリネシアン○ックスについて調べてましたね!?先輩のエッチ!変態!」

「この流れで俺が罵倒されるのおかしくない!?」


 噛み付くように反論してから、俺も赤くなりながら目を逸らして言う。


「……まあ、知っては、いる」


 俺がそう答えると、詩音も俺と反対方向に目を逸らした。部屋の中に、なんとも言えない沈黙が流れる。心拍数が上がっていくのを感じる。


「それで、その……もしかして、してみたいの?」


 沈黙を破って俺は詩音に問いかけた。詩音はビクッと身体を震わせた後、ツンと顔を背けたまま答えた。


「わ、私は別に、先輩が知ってるか訊いただけです。ただ……先輩がしたいなら、付き合ってあげてもいいですよ?」


 そう言って詩音はこちらをちらっと見る。俺は心拍数がさらに上がるのを感じる。興味が無いといえば嘘になる。というか、憧れていた。ただ、かなり手間も忍耐もいるものだし……


「……うん、したい。してみたいな」


 ぐるぐるにうだった頭で俺は言った。だって、詩音がして欲しそうにしてたから。うん。


「しょ、しょうがないですね!じゃあ、やりましょうか。ちょうど連休ですし」

「ああ、連休だしな!」


 勢いで誤魔化すように俺は同調した。まあ、ポリネシアン〇ックスは極めて時間がかかるから、連休の使い道としては最適だろう。……これを『最適』と思えてしまえる時点で、変態というのは否定できないだろうな。


「それでですね、催眠を使えば効率よくできると思いませんか?」

「ああ、そうだな。催眠はお互いにかけるとして、使う暗示なんだが——」


 詩音の言葉に俺が同意して、具体的な案を提示すると詩音はなぜか首を傾げた。


「詩音?」

「先輩、なんでそこまでプランが詰まってるんですか?」


 その言葉に、俺はまた赤面する。そんな俺を見て、詩音は挑発するような笑みを浮かべて俺の耳元で囁いた。


「もしかして先輩……そんなに詳しいところまで計画を練って、いや、妄想してたんですね?先輩のえっち」

「……なんとでもいうがいい」


 ——


 パァン


 詩音が手を叩いて、俺がトランス状態から目を覚ます。詩音には先に俺が催眠をかけたから、これでお互いが催眠にかかった状態だ。目の前に座る詩音の微笑みに、心臓が一度跳ねる。


 ここで改めて、ポリネシアン○ックスについて説明しておこうと思う。ポリネシアン○ックスとは、太平洋のポリネシア地方で伝承されていたと言われる行為の方法だ。その最大の特徴は、1回の挿入までに5日をかけるという点にあり、最後の1日を除いた残りの4日は性器以外の愛撫に留める。肉体的な快楽以上に精神的な交わりを重視する○ックス、真の愛情を確かめられる時間、究極の快楽を得られる○ックス——そのようにネットで読んだ。


「詩音」


 ベッドの上で、目の前に座る詩音に呼びかける。お互いの距離は、手が届かないくらい離れている。俺が息を整えるのを、キョトンとした顔で待っている。


「……好きだよ」


 やっとの思いで俺が言葉を吐き出すと、詩音は顔を真っ赤にして目を丸くした。目を逸らそうとしたのが分かるが、『30分以上見つめ合う』という催眠のせいで目を逸らせない。


 1日目は、お互いに触れることなく見つめ合って言葉を交わす。


 そのために、お互いに触れることができない催眠がかかっている。


 一度言葉が口から出ると、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。窓から吹き込む初夏の風が、詩音と出会った頃の図書室を、『勇気が出る催眠』を思い出させる。


「好きだよ。大好きだ。ずっと、ずっと大好きだ。出会った時からずっと」


 堰を切ったように溢れ出す。あの日願ったみたいに、正面から好きと言えるようになったことを改めて自覚して、好きと言えることの喜びを感じる。


「身体の隅々まで好きだ。優しいところも、素直じゃないところも好きだ。全部、本当に全部好きだ」

「ま、待ってください!」


 あわあわと口を開けながら詩音が制止する。


「ごめん、止まらないんだ」

「先輩ばっかり言ってたら、私が何も話せないじゃないですか!私だって先輩のことが好きなのに、ずるいです!」


 詩音の言葉に俺は息を飲む。その機を逃すまいとばかりに詩音がいう。


「私も先輩が好きです。愛想は良くないけど、優しくて、ずっと支えてくれて——。先輩に抱きしめられるのも、頭を撫でられるのも好きです」

「詩音……」

「……先輩、キスできるのは明後日でしたよね?」

「ああ」

「いっぱい、いっぱいキスしてほしいです。ぎゅーって強く抱きしめながら、頭を撫でてキスしてほしいです」

「ああ、俺もしたい。舌を絡めて、身体をまさぐりながら、頭を撫でながらキスしたい」


 今すぐにでも抱きついてそうしたくて、胸の奥が燃え上がっているのに、催眠のせいで近づくことができない。想像していたよりずっと辛くて、目尻が熱くなる。

 そうしているうちに、30分が過ぎた。2人揃って深く息を吐いて、それから照れ笑いをする。


「続きは明日ですね、先輩」



 2日目は、お互いに触れることができる。けれど、敏感なところへは触れてはいけないし、キスもできない。強く抱き締めあった後、お互いの輪郭を確かめ合うように肩や頬、腕、手を撫であう。


「先輩……ちょっと手お借りしてもいいですか?」


 俺がうなずくと、詩音は恋人繋ぎにした俺の手を口元に持っていき、人差し指を口に含んだ。熱く濡れた舌と頬の内側が人差し指に擦り付けられて、俺は目を丸くした。


「んちゅ……あ、そういえば先輩……手を責められるのお好きでしたよね?」


 その言葉に俺は、顔を赤くしながら目を逸らした。


 3日目、キス解禁。

 思い焦がれていた通りに深い深いキスをする。強く抱きしめて頭を撫でる。身体をまさぐる。まだ敏感なところへは触れられないけれど、お尻を撫でて、胸を揉む。詩音の身体が快楽に震えるのが分かる。こんなにどこもかしこも柔らかくて、触れるだけで幸せなのに、もっと、もっと欲しい。その思いの分だけ唇を深く重ねあわせ、舌を激しく絡め合った。


 4日目。敏感なところに触れることができる。ただし性器には触れられない。


「んあぁ!」


 裸で無防備に横たわる詩音にキスをする。仰向けになっても形のいい胸の頂上の桜色の乳首に吸い付く。キスをする。キスをする。唇に、首筋に、耳たぶに、頬に、乳首にキスをする。それだけじゃない。額に、まぶたに、顎にキスをする。腋の下、脇腹、おへそ、鼠蹊部、骨盤、太もも、内腿、太ももの裏、膝、膝の裏、ふくらはぎ、向こう脛、足の裏、足の甲、つま先。普段キスをしないところにも、余さず貪り尽くすようにキスをする。キスしたい。キスせずにはいられない。お尻、尾てい骨、腰椎、肩甲骨、鎖骨——。詩音は我慢の限界なんてとうに超えた様子で、ただただ快楽に身を震わせて喘いでいた。


 ——


 そして、冒頭に至る。


「んんっ!ああっ!」


 喘ぎ声を上げる詩音を抱き寄せて、唇を重ねる。最後に残った暗示は、


『挿入後、30分は動けない』


 というものだった。腰が溶けそうに熱いのに、動かすことはできない。強く強く抱き合って、深いキスをする。


「ああっ!せんぱい!」


 腕の中で詩音が喘ぐ。詩音が感じている快感の波が大きくなっているのが分かる。繋がりあっているような、魂が溶け合うような感覚。真っ白になって、互いに互いを求め合って、深く深く繋がって——それは確かに、未知の快楽だった。


 ——


「……」


 2人とも服を着終わると、ベッドに腰を下ろして黙っていた。何か話すべきかと思うけれど、恥ずかしくて目も合わせられない。それでも、指先だけ触れ合う程度に小さく手は繋いでいる。まだお互いの想いが、身体の中に残っているように感じた。ポン、と肩に小さい衝撃を感じる。見ると、詩音が肩に寄りかかるように頭を預けていた。


「……えへへ」


 詩音は少し恥ずかしそうに小さく笑った。





 ※今回のポリネシアン○ックスは、ネットの情報を元に2人がアレンジして行ったものです。実際のポリネシアン〇ックスとは異なる点があります。

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