第113話 ひざまくら催眠2

 パァン


 催眠を解除するために手を叩く音が、左側からだけ聞こえて私は首を傾げた。


「せんぱ——」


 起きあがろうとした身体からガクっと力が抜けて、私は目を見開く。


「おう、詩音。おきた?」


 上からこの催眠をかけた先輩の声が降ってくる。私は訝しみながら先輩に訊ねた。


「先輩……この状態から私にどんなエッチなことをするつもりですか?」


 今回の催眠はかけられた側にも分かりやすい。『膝枕されたままになる催眠』だ。具体的に言うと、私の右のほっぺが先輩の太ももから離れない。私は先輩と向き合うような形で膝枕されたまま動けない。……とはいえ、ここからエッチな展開になるというのも想像ができないのだけれど。いや、膝枕がエッチかエッチでないかと言ったら『エッチ』かもしれないが、性的か性的ではないかでいえば『性的ではない』だろう。そんなことを考えている私を見て、先輩は少し笑いながら私に言った。


「別にどうもしないよ。俺は詩音ほどスケベじゃないから、たまにはこれくらいのでもいいかなって思うだけ」

「なぁっ!?誰がスケベですか!!」


 気色ばむ私をスルーして先輩が笑う。


「じゃあ、俺は気が済むまで撫でたり揉んだりするから」


 そう言って先輩は私の頭にそっと触れる。


「っ!」


 思わず私は息を呑む。


「気持ちいい?」

「気持ちよくなんかっ、ないです!」

「ふふっ、いい反応」


 噛み付く私をあしらって、先輩は私の髪を梳く。


「俺は気持ちいいよ。詩音の髪、柔らかくて」


 そう言って先輩は、手のひらで私の頭を撫でる。ぎゅっと目をつぶっても、心臓が速くなるのを抑えられない。先輩の指先がうなじをかすめて、人差し指と親指で耳たぶをつまむ。


「ふふっ、ぷにぷに、ぷにぷに」


 先輩が楽しげに呟く。『気持ちいい』と言っていたけれど、先輩の手付きはどこまでも優しくて、自分が気持ちよくなるためではなく、私を気持ちよくするためなのが伝わってくる。身体から力が抜けてしまう。先輩の手が頬を、首筋を撫でる。


「あっ……」

「やっぱり気持ちいいんでしょ?かわいいね」


 思わず息を漏らす私を先輩がめざとく見咎める。


「先輩、しつこい——」


 頬を膨らませながら目を開けて言い返そうとした私は、目の前の光景に違和感を覚えて言葉を切った。目を閉じる前と何かが変わっている?


「……先輩」

「何?」


 聞き返す先輩に、私は眉間にしわを寄せながら言った。


「何が『詩音ほどスケベじゃない』ですか。こんな至近距離で、ズボン越しとはいえ大きくなった御子息を見せつけておいて、よくそんなことが言えましたね?」


 私の言葉に、今日は終始上機嫌だった先輩が、初めて不貞腐れたような声で答えた。


「仕方ないだろ。変な声出す詩音が悪い」

「仕方なくなんてないですよ。もっと自制心を持ってください。先輩の変態」

「見たくないんなら目をつぶってればいいだろ。俺はまだ詩音をなでなでするからな」


 ムッとしながらも、私は目を閉じる。ただ、少し確認のために——


「薄目で見てるのバレバレだからな?詩音のスケベ」

「!?!?!?」

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