第112話 喘ぎ声催眠
パァンッ!
手を叩く音で目を覚ます。音の反響が消えた後も、耳に何か違和感が残った。
「これは、イヤフォン?」
指先に触れるプラスチックの感触は、無線イヤフォンのものだった。俺が首を傾げていると、目の前に座る後輩の詩音が、得意げな顔で右手に持ったスマホの画面をタップした。
『……先輩』
イヤフォンから詩音の声が聞こえてくる。それから、ブーンという機械的なノイズが入る。なおも困惑していると、さらに詩音の声が続いた。
『んっ、あ……』
苦しんでいるようで、どこか甘えた響きの声。くちゅ、くちゅといった感じの水音もわずかに混ざっている。
『先輩……入り口ばっかしちゃ、だめです……』
熱い吐息が混ざったその言葉に、この音声が意味する『光景』がストロボを焚いたようにはっきりと脳裏に焼き付く。
「!?!?」
真っ赤になって飛び上がる俺を見て、詩音は自慢げな顔のまま、ふんっと鼻を鳴らして言った。
「ああ、やっと分かりました?これは私の、ガチ1人エッチ音声です」
「何やってんだおまえは!?」
慌ててイヤフォンを投げ捨てようと腕を振り上げるが、頭の横を5センチくらい離れて空振りしてしまう。
『はぁっ、あん……せんぱい』
「無駄ですよ。先輩には今、イヤフォンを外せなくなる催眠がかかってますから」
そう言いながら詩音は、スマホを後ろにポイと投げ捨てると、俺に向かって正面からにじり寄ってくる。
「では、私はこれから先輩と『健全な』キスをしますから。……エッチな先輩がどれくらい耐えられるか、楽しみですね?」
『あぁんっ!そこはぁっ!』
詩音はそう言いながら俺の膝の上に乗り、首に腕を回す。
『んっ!はぁ……、せんぱいが、入ってくる……』
頭が沸騰しそうになる俺に、詩音が唇を重ねる。甘えるように抱きしめる力を強めながら、遠慮なく舌をねじ込む。身体を押し付ける。
『あっ!あんっ!せんぱいっ!奥ぐりぐりするの、だめぇ!』
「おや?先輩、『健全な』キスだけで、なぜそんなに息を荒くしてるんですか?」
詩音が一度唇を離すと、挑発的な表情を浮かべながら俺に訊ねた。ご丁寧なことにイヤフォンは外部音取り込みモードになっているらしく、詩音の声は全く問題なくイヤフォンを超えて俺の耳に届いている。
「……これが健全なキスとか、嘘じゃん」
ありったけの抗議を視線に込めて俺はいう。こんな深い、深いキス、月9ドラマだったら口にモザイクがかかってる。
「ふふっ、単なるキスじゃないですか。おかしなことを言いますね、先輩は」
そう言って詩音はまたキスを再開する。ワイシャツの裾から手を滑り込ませて、素肌を優しく撫でる。
「っ〜!!」
『んっ……。ちゅ。先輩、もっとキスしてください……。こうやって、先輩と繋がりながらキスするの、すき……んんっ!』
頭に血が昇ってくるのを感じる。鼻血が出そうだ。
「ぷっ……先輩、そんなに腰を押しつけて、どうしたんですか?お猿さんみたいですよ?」
笑いながら詩音に指摘されて、声に身体が反応してしまっていたことに気づく。
「先輩がそんなにしたいんなら……いいですよ?私は」
『あぁんっ!せんぱい、きて、きてぇ!』
「!!」
俺は詩音の両肩を掴むと、のしかかるようにして詩音を床に押し倒した。それから噛み付くように、貪るように頬に、首筋にキスをした。
「ふふっ、もう。ほんとうに仕方がない人ですね。もうちょっと我慢強い人かと思ってたんですが」
『あっ、あっ、あっ、あっ!せんぱいっ!しゅきぃっ!』
こんなふうに揶揄われることは覚悟していた。それでも、我慢なんて出来るはずがない。俺は詩音のデコルテに唇を押し付けながら、ブラウスの中に手を突っ込んで詩音の胸を揉む。
「んっ、はぁっ——」
『ああ゛あっ!くっ!きちゃあっ!いくぅうっ!』
詩音の喘ぎ声が二重に重なって聞こえた。
——
パチン
指パッチンの音が聞こえて、俺はイヤフォンを外す。
「ふふっ、先輩のエッチ」
胸に顔を押し付けるように抱きつきながら詩音が言った。反論のしようもないので、俺はため息を吐いて、それから言った。
「じゃあ、こっちの催眠も解くよ」
「……へ?」
詩音がポカンとした顔になる。
パチン
指パッチンの音。詩音は数秒間フリーズして、それから耳まで真っ赤になった。
素面なら、1人でシてる時の声を録音して聞かせようなんて思うはずがない。
詩音はゆらりと身体を起こして、怨霊のような声でつぶやく。
「記憶を——消す——催眠は……」
「わぁっ!!まてまてまて!それを使うと大概ロクなことにならない!」
……それにしても、1人でシてる時の詩音はずいぶん甘えん坊なんだな?
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