第109話 吸うやつ催眠

「それにしても、ショッピングモールがこんなに服屋ばっかなのなんでなんだろうな……そんなに買わないだろ……」


 日頃思っていたことを呟きながら、店と店の間の道を歩く。


「あ!先輩、あの下着可愛くないですか?ちょっと試着してもいいですか?」

「ば、ばか!」


 白地にイチゴ模様の、フリルがついた下着を指差していう後輩に、俺は真っ赤になって叫んだ。後輩の詩音は俺の反応に、イタズラっぽい笑みを浮かべながらいう。


「おや〜?下着くらいでそんなに真っ赤になるなんて、先輩も可愛いとこあるんですね。でも、やっぱり一番に先輩の意見を聞かないと——」

「そうじゃなくて!ダメだろう!」


 俺の言葉に詩音は目を丸くして、それからごまかすように笑いながら頭をかいて言った。


「あ、あははは。そうでしたね。すみません、忘れてました」

「忘れられることかよ、普通……」


 どっと疲れが出て深いため息をつきながら俺は肩を落とす。それから、右ポケットにある物騒な感触を、手の中で転がした。


 今日は、詩音の発案で『吸うやつ』をつけたままデートをしている。『吸うやつ』というのは、今話題の『玩具』で……詳しい説明は省くけれど、女性の一番敏感なところを吸引しながら一番奥にも振動を加えられるという器具だ。非常に強い快感が得られると評判で、『声が我慢できない』『初めて潮を吹いた』『1分保たずに絶頂した』などなどのレビューがネット上に上がっている。何くわぬ顔をしているが、今、詩音のスカートの中では、挿入された『それ』の上にパンツが無理矢理被せられて、いやらしく不自然に張り詰めているはずである。俺が持っているのは、それを遠隔操作するリモコンだ。


「じゃあ、下着はまたの機会にしましょうか。普通に服をみましょう」


 気を取り直して詩音がいう。何せ今下着の試着なんてしたら、『玩具』を装着したままの詩音の姿が満天下に晒されることになる。


「ああ……いや、またの機会なんてないからな!?」


 返事をしてから我に返って俺は言った。


——


「はあ……、なんか、疲れた」


 フードコートのテーブルに突っ伏しながら俺は言った。


「なんですか、このくらいでだらしない。普段運動しないからですよ」


 そう言いながら詩音が、『俺の番』のクレープをこっちに差し出す。1個のクレープを半分こするために、交互に一口ずつ食べている。俺は乱暴に一口食べると、詩音をジト目で睨んだ。


 あの後普通に服を選んだのだけれど、ミニスカートだと見えてしまいそうだし、タイトなパンツやワンピースだと『それ』のシルエットが浮き上がってしまいそうだしで、気が気ではなかったのだ。おかげで、いつもより多く服を買わされた気がする。というか、わざとやってないか?


「気にしすぎですよ。先輩がエッチなことで頭がいっぱいなのがいけないんです」


 そう言って詩音はクレープの最後の一口を食べ終わって、ゴミを丸める。


「さて、次はどうしますか?」

「——あ、プリクラとかどうだろ?」


 俺の言葉に詩音が少し目を丸くする。


「プリクラ……あるとは思いますが、自撮りじゃダメですか?」

「物理で残るのって、思ってるより大事だったりするんだよ。男だけだと入れないし、それに——ふたりきりになれるし」


 俺がそこまで言うと、詩音は顔を真っ赤にしながら目を逸らした。


「し、仕方ないですね。先輩がそこまで言うんなら、撮りましょう」


 その言葉に俺はうなずく。


 そして、ゲームコーナーの奥にある美白プリクラ機のブースの中。


「い、言っておきますけど、エッチな格好とかはしませんからね!」


 耳を赤くしながら詩音が言う。俺は小さく笑う。


「ああ、分かってるから」


 そう言う俺のことを、詩音がちらっと伺うように見た。——わざわざこんなものを自分で用意するくらいなのだから、リモコンのボタンを押されることは想定……いや、『期待』しているのだろう。そしてここは、心許ないカーテンで仕切られただけとはいえ『ふたりきり』の空間だ。


「詩音、もう少し近づいて」


 リモコンを持った手をポケットから出して、詩音の肩を抱き寄せる。詩音がドキドキしているのがこっちまで伝わってくる。プリクラ機がカウントダウンする。3、2、1——


 チュッ


「っ〜〜〜!?!?」


 詩音が腰が抜けたようにその場に崩れ落ちて、俺は笑う。


「あははは!ほっぺにキスくらいでびっくりしすぎじゃない?」


 ポケットにリモコンをしまいながら俺が言うと、詩音は少し涙目になりながら、上目遣いで俺を睨む。


「うう〜!こんな意地悪すると、今度は私からキスしますよ!しかも学校で!」

「できるの?」


 俺が問い返すと、詩音は数秒固まって、真っ赤になった顔を両手で覆いながら言った。


「できません……」


 それはそれとして、我ながらかなりいい写真が撮れたと思う。エモいのでは?


——


「この後は、詩音の家に行っていい?」

「……はい」


 ショッピングモールの出口で俺は言った。結局、ここまで1回もスイッチは入れてない。詩音の家が近づくにつれて、詩音の口数が少なくなる。詩音の中の『期待』が大きくなるのを感じる。詩音の部屋に入って、ドアが閉まったその時、俺はついにリモコンのスイッチを入れた。部屋の中にバイブ音が響き渡る。


「あぁん!あっ!あんっ!先輩!」


 へたり込んで激しく喘ぐ詩音に俺は言う。


「詩音のこんな姿、万が一にも他人に見せるわけないだろ?」

「んんっ!あっ!あんっ!ぷっ……ふふふ」


 詩音が堪えるように笑いだす。俺は目を丸くする。


「今回は私の方が上手でしたね?先輩」


 そう言って詩音が指パッチンをする。


 パチン


 それからさっきまで快感に悶えていたはずの詩音が平然と立ち上がると、学習机の引き出しを開ける。中では、スイッチの入った『吸うやつ』が音を立てながら震えていた。


「先輩、私をなんだと思ってるんですか?痴女じゃないんだから、玩具を着けたまま外出なんてするわけがないじゃないですか。……いつでも気持ちよくさせられるって思い込んで、ドキドキしっぱなしの先輩、かわいかったですよ?」


 全力の煽り顔を向ける詩音に、俺は真顔で答えた。


「そうか。でも、せっかく買ったんだしちょっと使ってみようか。もったいないし」

「はえ?」

「詩音。『だらーん』『ごろーん』」


 俺が指でジェスチャーをしながらそう言うと、詩音の全身から力が抜けて床にだらりと倒れた。


「せ、せせせせせ先輩、これは——」

「まあ、普段は使わないけど、これくらいの予備催眠ならいくつかかけてあるから」


 言いながら俺は詩音をお姫様だっこの要領でベッドの上に転がすと、まだ動いている『吸うやつ』を掴んで一旦スイッチを切る。それからベッドの上の詩音のスカートをめくりあげて、少し目を丸くする。


「ちょっと、もうローションがいらないくらいに濡れて、シミになってるんだけど?」

「ちがっ、それは先輩が——んふぅっ!?」

「——じゃあ、ほんとはどんな反応になるのか、たっぷり見せてね?」

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