第106話 ウィッグ催眠
パァン
「どうですか?先輩」
詩音が手を叩く音にトランス状態から覚醒した俺は、目を見開きながら胸を押さえてうずくまった。
「うぐっ!!」
「先輩!?」
詩音が慌てた様子で俺の肩を抱く。
「はぁっ、はぁっ、ぐっ!詩音、何を、かけた?」
「いえ……少なくとも、こんなことになる催眠じゃないはずです」
荒く息をする俺に、戸惑ったように詩音が応える。俺はこめかみを押さえながらいう。
「何かが……何かがおかしいんだ。頭の中がうるさくて、目の前にあるものが信じられない」
ほとんど錯乱状態にあることは自覚できるのに、手のうちようがない。
「なんだろう、なんなんだこれは?心がふたつあるみたいなんだ。俺は詩音が好きで、目の前にいるのは詩音で、詩音は今日も可愛い。でも俺が好きなのは詩音で、目の前にいるのが詩音で、詩音は今日も可愛い。詩音だよな?詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音詩音——」
パチン
深刻なエラーを起こす俺に詩音が耳元で指パッチンをした。詩音も少し息が上がっている。催眠が解けて、俺は一回大きく息を吸った。それから、両手で目を擦ってからいう。
「……何かアニメ見た?」
「いえ、その……はい、見てますが」
俺は大きく息を吐く。それから、顔を上げて笑顔を作りながら言った。過剰な反応をしてしまった照れ隠しを含めて。
「髪型が変わるとずいぶん印象が変わるね」
詩音は戸惑ったように、でも少し安心したように笑った。普段は黒髪のショートヘアだけれど、今日の詩音は、金髪でストレートのロングだった。たぶん、ウィッグを着けているのだろう。
分かってしまえばなんてことはない。詩音が今日かけた催眠は、『服装に違和感を感じなくなる催眠』だ。別人レベルで印象が変わっているのに、何が変わっているのかを認識できなかった俺は、「黒髪でも金髪でも詩音は詩音なのだから好きであるべきだ」という意見と「金髪の詩音を好きだと思うのは黒髪の詩音に対する裏切りなのではないか」という意見に「そもそも目の前にいるのは本当に詩音か?」という意見を加えた議論を、言語化できないまま脳内で無限ループ的に繰り返してエラーを起こしていたのだ。
「まったく、先輩がこんなになるほど黒髪が好きだとは思ってませんでしたよ」
詩音が少し釈然としない様子で、不満気に口を尖らせながら言った。
「いや、そうじゃなくて……びっくりした、っていうのが一番近いのかな」
言いながら、俺は詩音の髪を一房持ち上げる。
「金髪の詩音もかわいいよ。良く似合ってる」
俺がそう言うと、詩音は顔を赤くしながら顔を背けた。明るい色の髪に頬の赤さが映える。そこでふと気づいて俺は言った。
「——髪型に合わせて胸型も変えた?」
たぶんパッドだと思うのだけど、いつもより胸が大きくなっている。モデルになった金髪キャラに合わせて1カップ大きくしたとかだろうか。
「!?!?」
パァン
これは手を叩いた音ではなく、詩音が俺の頬を張った音である。
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