第104話 おねだり催眠

 パァン


 ゆっくりと目を開ける。身体が動かない。素肌に毛布が触れる感触から、自分が裸であることを理解する。


「お、おう……」


 俺はかろうじて動く首を回して、ベッドの外に目をやった。


「これは、前回の仕返しか何かか?」


 俺の問いかけに、この催眠をかけた後輩の詩音は腕を組んで答えた。


「別に、そういうわけじゃありません。ただ、先輩には少し教育が必要だと思って」

「教育?」


 俺が首を傾げていると、詩音がするりと布団の中に入ってきた。そのまま俺の上に、覆い被さるように横になる。柔らかくて暖かい感触が全身に押し付けられる。


「先輩はもっと、素直になるべきです」


 頬を寄せ合うような体勢で詩音がなじるように言う。


「素直?」


 意味が掴めずに聞き返すと、詩音は頷いて答えた。


「はい。先輩はもっと、私としたいこと、私にしてほしいことを言葉にするべきです」

「う、うーん」


 実は少しだけ気にしていたことを詩音に突かれて、俺は言葉に困る。俺の反応に、詩音は若干ドヤ顔になって続けた。


「と、いうわけでこの催眠です。動けない先輩は、私にしてほしいことをおねだりしてください。私は、先輩がおねだりしないことは何もしません。でも——おねだりしたことなら、なんでもしてあげますよ?」


 息を吹き込むように囁かれた言葉に心臓が跳ねる。目を泳がせながら俺は詩音に訊ねる。


「催眠を解いて欲しいっていうのは……」

「は?ダメに決まってるじゃないですか何言ってるんですか」

「く、句読点なしで……」


 威圧感を発する詩音に気圧される。俺は目を逸らして考えながら言う。


「ほら、いまエッチなことをしたいとは限らないだろ?何事もタイミングってものがあるし」


 言いながらゆっくりと正面を向くと、詩音は眉間に深いしわを寄せていた。それから小さく噴き出して、笑いを含んだ声で言った。


「先輩。この状態で、まだ誤魔化せると思ってるんですか?」


 そう言って詩音は細い指先を、首筋から胸まで流れるように滑らせる。指先が詩音の谷間と俺の胸板の間から見える。


「こんなにドキドキして、身体が熱くなってるの、全部伝わってますよ?」


 詩音にそう言われて、なおのこと鼓動が速くなるのを感じる。それから詩音は、また耳元に口を寄せて囁いた。


「私は先輩にしたいこと、いっぱいありますよ?」

「……じゃあ、それをすればいいだろ」


 ぶっきらぼうにそう答えると、詩音は少しむっとしたように言う。


「それじゃあ意味が無いんですよ。私が気持ちよくなりたい以上に、先輩に気持ちよくなって欲しいんですから」

「…………」


 この局面で『詩音にされるならなんでも気持ちいい』と答えたらどうなるだろうかと思案する。たぶん碌なことにはならない。


「ほら先輩。何して欲しいですか?」


 急かすように詩音が言って、ぞくぞくとした感覚が背骨を走る。……というか、さっきから口が耳に近くないか?これは、何か答えを誘導している気配がする。


「……耳を、舐めて欲しいです」


 俺は観念して、絞り出すような声で言った。自分の口から出た言葉に心臓が跳ねる。


「……はい、よくできました」


 詩音はそう言うと、俺の耳たぶを唇で優しくくわえた。俺は思わず熱い息を漏らす。


「いいこ、いいこ」


 耳に舌を這わせながら、詩音は俺の頭を撫でる。『頭を撫でて欲しいとは言ってない』と言いたい気もしたが、それを言えば詩音は頭を撫でるのをやめてしまうだろうと思って黙る。詩音の舌先が耳の溝をなぞる。耳の穴を塞ぐ。ゼロ距離の水音が脳を真っ白に溶かす。


「先輩。お耳、気持ちよかったですね?他にしてほしいことはなんですか?」


 詩音が正面から俺の顔を覗き込んで言う。詩音も少し息が上がっていた。俺は目をぎゅっと閉じて言った。


「催眠を、解いて欲しいです……」


 その言葉に、詩音はむっとした声で言った。


「先輩、まだそんなことを言える余裕があったんですか?」

「そうじゃなくて」


 俺に遮られた詩音が言葉を切る。俺は続けた。


「詩音にされたいんじゃなくて、詩音に、したい。詩音の—————を—————て、—————ながら—————、—————たいです」


 全てを吐き出し切ってから、うっすらと目をあける。詩音は唖然という風に口を開けて、真っ赤になっていた。それから詩音は頬を膨らませて、ぎゅっと俺に抱きついて言った。


「先輩のエッチ」


 パチン。耳元で催眠を解く指パッチンの音がした。

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