【PR】『後輩ちゃんと最後の耳かきを』

『おや?先輩じゃないですか。なんでいるんですか?こんなところに』

「先輩?何聴いてるんですか?」

「うわっ!?」


 突然ワイヤレスイヤホンが外され、俺はベッドから飛び起きた。後輩の詩音が、怪訝そうに眉間に皺を寄せて見つめている。


「い、いつからそこに?」

「さっきからですけど、先輩全然気づかないんですもん。それで、先輩が聴いてたのは——」

「待っ——」


 制止する間もなく、詩音が枕元にあった俺のスマホを持ち上げて画面に目を落とした。俺は頭を抱える。画面から顔を上げた詩音は、呆れたような、憐れむような薄笑いを浮かべていた。


「『後輩ちゃんと最後の耳かきを』……。先輩、先輩の耳かき好きと後輩好きはよくよく知っていますけどね?こんなものを聴くくらいなら、先輩の可愛い後輩にまた耳かきしてくれるようおねだりした方がいいんじゃないですか?」

「案件だ!!!」


 俺は頭を抱えたまま叫んだ。詩音が不審そうに首を傾げる。


「案件?広告案件ってことですか?一介の高校生でしかない先輩に誰がそんなこと——」


 そういいながら詩音は、当然のように自分の誕生日を入力してスマホのロックを解除する。画面に表示された『それ』を見た詩音は、言葉を切って固まった。


「……先輩、この音声作品を書いた『サヨナキドリ』って……私たちの作者と同じじゃないですか!」


 目を丸くして詩音がいう。


「ああ、そういうことだ」

「それで、全く関係ない私たちに広告を?なりふり構ってないにもほどがあるでしょう!」

「それ、俺も言ったんだけど、『一本でも多く売りたいんだよ〜〜!』って泣きつかれた」

「はあぁ……」


 やれやれと頭を振りながら俺が言うと、詩音は心底呆れたように深いため息をついた。


「まあ、タイトルも『後輩ちゃんと〜』なわけだし、姉妹作とは言えるのかも」

「何が姉妹作ですか。単に手グセで書いてるだけですよ。引き出し少ないんですよアイツ」

「酷いこと言ってやるなよ!!」


 見ていられなくなって擁護する。アレでも一応作者なのだ。


「で?どんな内容なんですか?」


 詩音に促されて、俺は少し考えて答える。


「ジャンルは、ASMRシチュエーションボイスだな。ASMRってのは……ある種のノイズやなんかでゾクゾクした快感を感じさせるっていうジャンルの音声で、耳かき音声が代表的だな。で、シチュエーションボイスっていうのは、ドラマCDみたいなもので、キャラクターが聞き手に語りかけてくれることが特徴かな」

「まあ、そこまで詳しく説明してくれなくてもそれくらい知ってますけどね」


 何言ってんだとばかりの詩音の反応に、少しむっとしながら説明を続ける。


「ストーリーは——卒業を間近に控えたある日の夕方、空き教室を訪れていたあなたは、親しくしていた後輩と再会する。そこで後輩が口にした『お願い』は、『好きな人への告白が成功するように、耳かきの練習台になって欲しい』というものだった——って感じだな」

「へえ」


 気の無い相槌を打ちながら、詩音が俺の左耳に残っていたワイヤレスイヤホンをすっと取り、自分の耳につける。


「あぁっ!ちょっと!」


 俺の声も気にした様子もなく、詩音が目をつぶって聴く。


「っうぐっ!」

「詩音!?」


 突然、詩音がまるで殴られたかのように身体を曲げてうめき声を上げる。


「はぁっ……。すいません、ちょっと、私は、感情移入しすぎて聴けません……なんでそんなことを……あなたが言いたいのは、そんなことじゃないでしょうに……」


 荒く息をしながら、詩音がイヤホンを俺に返す。


「お、おう……。別に聞けとは言ってないからな?」


 渡されたイヤホンをケースにしまいながら、(そんな内容だったか……?)と首を傾げた。


「でも、イラストはとても綺麗ですね。これだけでも何か、胸を打つものがあります」


 少し落ち着いた詩音が、スマホの画面に目を落としながら言う。


「そうだよなぁっ!!Tarboさんっていうフリーランスのイラストレーターの人に依頼して書いてもらったっていうんだけど、イラストだけでもエモいだろ!!なんかこう、マット紙に印刷して夕日がキラキラってなってるところを箔押しにしたい感じだよなぁ!」

「いや、先輩、それはどこ目線のテンションなんですか。なんで先輩が自慢げなんですか?」


 呆れたような詩音の声に俺は我に返って咳払いをした。それから詩音が何かに気づいたように眉を上げると、画面をこちらに向けてにっと笑いながら言った。


「先輩、この子、私に似てません?」

「え?」

「ほら、黒髪でショートカットですし、この整った顔立ちとか」

「いや……詩音はそんなに胸大きくないだろ?」


 俺が呆気に取られたままそう言うと、詩音の顔からすっと笑顔が消えた。


「は?——古川先輩に言いつけますよ?」

「その名前を出すのはやめて!!」


 なんてところから引っ張ってくるんだ。俺が頭を抱えると、詩音は呆れたようにため息をついて言った。


「先輩、おっぱいの話ばっかりしてないで、もっと他に紹介することはないんですか?」

「ばっかりなんて……。——CVはひぐらしかなみさん、という人だな」


 反論しようとしたが、こじれる気がしてやめる。


「聞かない名前ですね」

「DLsiteスタジオっていう、録音スタジオに所属の声優さんなんだそうだ。可愛らしい声で『後輩ちゃん』を演じてくださったね。いたずらっぽい演技も見どころだと思う」

「先輩、私の方が可愛いです」

「俺には詩音が世界で一番可愛いよ」


 混ぜっ返した詩音に間髪入れずにそう返すと、詩音は一気に赤面した。俺がドヤ顔をすると、詩音は頬を膨らませてジト目で睨む。俺は小さく吹き出すと、詩音の耳元に口を寄せて囁いた。


「ま、恋は盲目ってやつだけどね」


 その言葉に、詩音はほっとしたようにため息を吐いた。


「なんだ、照れて損しました。……え?いやそれって……」

「そんなわけで、本編24分10秒で税込み330円になっています。DLsite専売で、2022年3月9日発売です」


 俺がまとめに入ると、詩音は一度ため息をついてから、姿勢を正して言った。


「これがUPされているということは、もう発売されていますね。買ってもらえると、作者が喜ぶと思います」

「あ、言い忘れてた。全年齢作品です」

「そうですか。先輩、残念でしたね」

「何が!?」

「先輩、わめいてないで挨拶しますよ。せーの」

「「よろしくお願いします!」」


 2人で頭を下げてから、顔を上げる。


「よし、これで義理は果たしたな」

「そういえば先輩、他にはどんな作品をDLsiteで買っているんですか?」


 そう言って詩音は、またスマホの画面に目を落とす。


「待っ——」

「……へえ?」

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